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第二章
8.
しおりを挟む「悠斗、オレ――――……少し離れてる」
返事は無かったけれど、オレは公園を出て少し離れた。あまり人の通らない道のガードレールに腰かけて、スマホを見る振りで、桜の樹の下を視界に入れる。
心春、は。
すごくゆっくりな足取りで歩いてきて、桜の樹の下に立った。
何か。言ったように、見えた。小さな声で。
ゆっくり、樹を見上げている。
――――……桜が咲いてないから、不思議がってる感じか。
思った瞬間、心春の眉が寄って。
「――――……」
……泣いてる、な……。
悠斗は、さっきの位置から動いていない。
悠斗はオレに背を向けてるから。悠斗がどんな顔をしているかは分からない。でも。まっすぐ心春の方を向いて。手を、固く。握り締めている。
好きな女が、自分の死んだ後に、自分を思って泣いてるのを見るとか。
――――……どんな罰だよ……。
切なくて、たまらなくなる。
喉の奥が、痛い。
そう思っていたら。
一人のおばさんが現れて。心春に、何かを渡して。
最初は二人とも、多分泣くのを、我慢しようとしていた。
そういう風に、見えた。
でも、結局、二人で泣き出した。
おばさんの方が、心春を、慰めているように、見える。
その時。悠斗が、オレを振り返った。
あ、そこに、居た。
そんな顔をして。それから、俯いて。こちらに歩いてきた。
「――――……これ位なら。あそこから離れられるんだ、オレ」
俯いたまま、冗談ぽく言う、悠斗の声が、ひどく震えていた。
「……悠斗」
「――――……」
悠斗が、オレの隣に座って。
「あーあ……」と、呟いた。
「――――……」
悠斗は相変わらず俯いていて、顔は見えないけど。
――――……涙が、零れていくのが。目に映る。
……キツイ。
「……心春、と?」
「――――……心春と……母さん」
悠斗の声が、また、震える。
――――……母親と、好きだった女が。
抱き合って、慰めあって、泣いてるのか。
マジで。キツイな。
涙が出そうになる。
オレ。どんだけこいつに、感情移入してんだ。やばい。
「……オレが鞄に持ってた、心春へのプレゼント」
「……」
「……母さんが渡してくれてた」
最後、少し笑って。
――――……泣いてるくせに、笑って。
「――――……良かった」
悠斗は、そう言った。
涙を拭って、顔を上げて。――――……心春と母親を、見てる。
どうして、霊って居るんだろう。
こんなにキツイ想い。
死んだ後にもしなきゃいけないのか。
悠斗は別に望んだ訳でもないのに。
いつまで、こいつはここに居なきゃいけないんだろう。
そんな事を思っている間に。
なんとか泣き止んだ二人が別れて。母親が歩いていく。
悠斗は、座ってるガードレールの上で、ぎゅ、と手を握り締めている。
じっと、母親の背中を、見送っていた。
「……ごめんねって――――…… 思っちゃうね」
悠斗の言葉に。
「お前が悪いわけじゃない」
そう言うしかできない。
「そう、だけどさ……やっぱり、思っちゃうよ……」
悠斗はため息を付いて。
それから、まっすぐに、一人残った心春を見た。
オレも自然と心春に視線を向けると。
心春は、手に持った、髪飾りを、じっと、見つめている。
悠斗が不意に立ち上がって。
心春の方に歩き出した。
「――――……」
一瞬。急に、心配になった。
――――……大丈夫、だよな。
悠斗、何か、するとか。ないよな。
そんな奴じゃない。絶対。
そう思うのだけれど。
じいちゃんと父さんの、気をつけろ、が、さっと頭をよぎった。
思わず。
悠斗の後を、咄嗟に。追ってしまった。
悠斗が、心春に近付いた瞬間。
突然風が強く吹いた。公園の、咲いている桜から、いきなり花びらが散って、風に乗って、舞った。
悠斗と、心春を、包むみたいに。
綺麗。そんな風に思ってる顔をして、心春は、舞う花びらを見つめてから。
咲いていない、桜の樹を、見上げた。
悠斗が、また一歩、近づこうとした瞬間。
「なあ」
思わず。声をかけてしまった。
悠斗がオレをぱっと振り返った瞬間。
また、すごい風が吹いた。
その風が収まった時。
心春が、何だか固まってオレを見ていた。
――――……まあ。初対面、ビクビクされるのはよくあるし。
何の関係もないオレに、急に「なあ」なんて呼ばれたら、こうなるのは分かる。
悠斗は、心春との間で、オレを振り返ってる。
でも心春には、悠斗は見えないから。オレだけをまっすぐ、見つめている。
「――――……あんまり悲しんでると、良くないぞ」
「――――……え?」
「……お前にもだし。……相手にも」
「――――……」
不思議そうに。
心春は、オレを見つめている。
「お前、よくここに、男と居ただろ。そいつの話、聞いた」
「――――……」
「あんまり、悲しんでると…… 縛り付けちまうぞ」
オレの言葉を、悠斗はじっと聞いていて。
少し、俯いた。
「縛り付けるって……どういう意味……?」
心春の声に、悠斗はふと、視線を心春に向けた。
「……よく言うだろ、成仏できないって。そういうこと」
そう言うと。
心春は、ぐ、と手を握り締めて。
きっと、何かを言いたいんだろうけど。
言えないんだろう。
「死んじまったら、戻らない。生きてる奴は、前を見て、進むしかない」
「――――……」
少しだけ、黙って。
それから、心春は。
「分かってる、そんな、こと……」
涙が零れそうな瞳で、オレを、じっと見つめてくる。
――――……きつい事言ってるのは分かってる。
心春にも。……悠斗にも。
思わず眉が寄って、ため息が零れる。
「……分かってるなら、こんなとこで泣いてないで、早く帰れ」
悠斗の前で。
泣いてなんかいないで。
前を向いて。歩けよ。
そんな事を。
知りもしない女に。思ってしまった。
心春は、俯いて。
それ以上は何も言わずに、歩いて、帰って行った。
しばらく、悠斗と、オレは。無言。
――――……なんか オレ。
すげえ余計な事。言ったか?
悠斗の前で、悠斗を吹っ切れとか。そんな意味の言葉。
……だめじゃねえか?
「――――……伊織ってさ」
悠斗が、ふ、とオレを見つめて。
「――――……良い奴、だな」
くす、と笑った。
予想外の言葉に、返事が出来ないでいると。
「……泣いてる心春を、オレに見せたくなかったんだろ?」
ぐ、と言葉に詰まる。
そう、なんだが。
――――……言った事は、悠斗にとったら……。
「そんな顔しないでよ」
「――――……」
「……伊織が良い奴なのは分かってるよ。あと、心春が、オレを忘れないといけないのは、本当にそうだよ。……あんな顔で――――……俯いて、歩いて欲しく、ない……」
自分に言い聞かせるように言ってる。そんな風に、聞こえる。
「……でもさ。いきなりあんな事言って。心春にとったら、伊織、超変な奴だよ?」
「……そうかもな」
「かもじゃないよ。――――……きっと今頃、心春、今のが何だったのか、めちゃくちゃ考えてるよ」
クスクス悠斗が、笑ってる。
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