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第一章
3.
しおりを挟む目が覚めたら、部屋は真っ暗だった。
静かだし、夜中、かな。
思い出すと――――……夕飯、すこしだけ食べて……シャワー浴びておいでと、お母さんに連れていかれて、ついでに歯を磨いて。
そのまま、布団に転がって。寝ちゃったみたい。
……もうずっと、ベッドの上に居る気がする。
家族が優しいのを良いことに。
私、何もしていない。
自分のこと、情けないなと思うんだけど……。
でも、動けない。
寝転がったまま。スマホを開いて。
見ちゃダメだって、分かるのに。悠斗とのトーク画面を見てしまう。
辛くなる、だけなのに。
「起きてる? 勉強してる? 頑張ろうな」
「見たがってた映画、明日行ける? 気晴らしに行こ」
「おやすみ、心春」
「おはよ。寒いから暖かくしろよ」
「マフラー忘れるなよ」
「数学の宿題終わった? 分かんないとこ無かった?」
「分かんなかったら、電話しておいで」
優しい、言葉しか。ない。
――――……ずっと。会った時からずっと。優しかった。暖かくて。大好きだった。
悠斗……。
――――……。
通話ボタンを、押したい。
そしたら、呼び出し音が、鳴って。
今までなら。
悠斗の声が。した。
すぐに。
心春? って。
優しい声で、呼んでくれた。
今、押しても。
――――……鳴らないか……悠斗の家族が呼び出し音を聞く、か。
押せない。
信じたくないけど。
もう、悠斗は、電話に、出てくれない。それを、自分も、分かってる。
涙が、溢れて溢れて。
「――――……っ」
今まで私が泣いてると。悠斗が側に居てくれた。
今まで生きてきて、一番泣いたのは、中学一年の時。
飼ってた柴犬のコロが、病気で死んじゃった時。
ペットの火葬場に家族で行くことになったんだけど。
帰ってきたら、悠斗が家まで来てくれて。
ずっと。横に。
黙って、ずっと、隣に居てくれた。
「――――……何で……居ないの……」
私。あの時より。
もっと、ずっとずっと、泣いてるのに。
どうして、居てくれないの。
「……悠斗………やだよ…………」
私も。一緒に。
…………死んじゃいたかった。
……それだけは、口には出せない。出しちゃいけない。
家族も。友達も。皆が、私が悠斗を好きだったことを知ってる。
皆が、すごく心配してる。
だから言えない。
だけど。
「連れて行ってよ…………悠斗……」
呟いた言葉は。
真っ暗な中に落ちて行って。ただ消えていく。
悠斗には届かない。
――――……たとえ、これが届いたって。
きっと、悠斗は、連れて行っては、くれない。
きっと悠斗は。
「心春は、頑張って、生きて」
絶対、そう言う。
……分かってる。
分かってるから。――――……私は、今も、生きてる。
ただ、それだけ。
生きてる感覚は、しないのに。
笑える日なんて来ない気がするし。
何も楽しくないし。何も感じない。寂しいってことしか感じないのに。
ただ、生きてる。
◇ ◇ ◇ ◇
今年の桜は、遅いんだって。
記録的な遅さだって。お母さんが、カーテンを開けながら、少し前に、言ってた。
ちらほら咲きだしたけど。
公園の一番大きな桜は、まだひとつも咲いてないって。
おかしいな。悠斗と最後に会った日。
つぼみがあって、もうすぐだねって、話したのに。
……悠斗が居なくなったからじゃないかな。
桜の樹も。
悠斗が大好きだったんじゃないかな。
そんな、ありえないことも、ぼんやりと考えていた。
思い出だらけの公園には行けず。
――――……それどころか、春休みは一歩も外に出なかった。
こんなことは、初めてで。
だって今まではずっと。ほとんど毎日悠斗の顔を見てた。
家に閉じこもったりするなんて、考えたこともなかった。
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