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 学校から帰ってきたヒロくんと、僕は、公園に遊びに出かけた。
 ヒロくんがしゃべってても変に見られないように、あんまり人が居ない遊具のトンネルの中とか、ジャングルジムの上に二人で座ったり。

 おじいちゃんのこと、ヒロくんはすごく嬉しかったみたいで、その話もたくさんした。
 お母さんが泣いちゃった時は、びっくりしたよね、と、苦笑してる。


「ブランコは乗れないの?」
「僕だけが見えなくて、ブランコが揺れるのは他の人に見えちゃうんだよ」

「うわー、幽霊の話に出てきそう。……あ、じゃあさ、きいちゃん、ブランコ、座って」
「うん?」

 僕が先にブランコに座ると、ヒロくんが、足をブランコの板に乗せてくる。


「二人乗りー」

 そう言って、漕ぎ始める。

 二人乗りなんて、初めてした。


「たのしーねー」

 ヒロくんは、ニコニコしながら、ヒロくんを見上げてる僕を見下ろしてくる。


「そうだね。でも……ちょっと怖いかも」
「えっ怖いの? 飛べるのに?」

「それとこれは話が違うような……」

「えーじゃあゆっくりにしてあげるー」

 クスクス笑いながら、漕ぐ強さを弱めるヒロくんに、僕も笑う。


「楽しいね」

 そう言うと、ヒロくんは、うん、と頷いてくれた。



◇ ◇ ◇ ◇


 暗くなるまで一緒に遊んで、家に帰ってきた。


「お風呂入ってこようかなーごはんが先かなあー」

 手を洗いながら言ってるヒロくん。
 僕は、心を決めて、ヒロくんを呼んだ。
 

「ヒロくん、話があるんだ」
「え? うん。何?」

 床に座った僕の前に、ヒロくんも座った。


「あのね、僕の名前ね」
「うん」

「名前なんてあってないようなものというか……別になんでもいいんだ、呼んでほしい名前を自分でつけていいのね
「うんうん」

「途中で、きづき、って変えたの」
「きづき?」

「気づいてほしくて。僕の存在する意味に」

 ふんふん、とヒロくんが頷く。


「僕ね。ヒロくん。……神様なんだけど……詳しく言うと、貧乏神なの」
「貧乏神?」

「ヒロくんは、良い神様だと、思ってると思うんだけど……最初ヒロくんちって、乱れてたしょ? 家も。お母さんの気持ちも、疲れてて」
「うん」
「僕ね、そういうところに引き寄せられる性質というか……そんな感じなの。で、僕が住みついちゃうと、僕の……スキル、みたいなものが、勝手に発動してさ。スキルって分かる?」
「うん。ゲームに出てくる。能力、みたいなことでしょ?」
「うん。そのスキルがね、勝手に働いて……どんどんよくないことが起きちゃうんだ」
「――――……」

「……でも、言い訳みたいに聞こえちゃうかもなんだけど……貧乏神っていうのは、気づきの神さまでもあってね。僕は、そっちの役目の方を果たしたいってずっと思ってたんだけど」
「――――……」

「家を気持ちを、整えて、頑張らなきゃダメだって、気付かせる役目があるの。でも、乱れた中で、それに、人間が気づくっていうのは、すごく大変みたいでさ。僕、今まで、それに気づいてくれた人には、会えなかったんだ」
「うん……」

「だから、気付いてほしくて、何回目かのおうちに行く前に、きづきって名前にして、きいちゃん、て、仲間の神様たちには呼んでもらうことにしたの。でもそれでも、人間は誰も気づいてくれなくて……」

「……うん。そっか……。大変だったね」

 ふ、とヒロくんが、優しく笑う。

「……でも、きいちゃんは、オレには教えてくれたよ」
「それは……ヒロくんが、僕を、見えるようになってくれたから。奇跡みたいだった」

「……うん。奇跡、だね」

 また微笑むヒロくん。

「……でも、ごめんね。 ヒロくんが気づかない時、ヒロくんの家が大変だったのは、僕の、スキルのせいでも、あるから……」

「――――……うん。まあ。そう、なのかな……?」

「……そうだと思う」
「そっか……」

 ヒロくんは、頷いて、じっと僕の顔を見つめてくる。


「……ごめんね。僕、もうすぐ、ここから出てくから」
「え??」

「もうこの家、僕の住み着くような家じゃないんだ。綺麗だし。整ってて。……僕はたぶん、そういう家には、住み着いていられないの」
「……」

「ていうか、住み着いてちゃ、いけないの。またいつ、不運なことが起こるか、僕にも分からないから」

「――――……」

 出て行ってって、ヒロくんは、まだ言わないけど。
 ……絶対、出て行ってほしいって、思ってるはず。

 仕方ない。
 それも込みで。分かってて。
 正直に言って、謝りたかったし。お礼を言いたかったし。
 さよならを言いたかった。


「……だから、ヒロくん、ずっと居てって言ってくれてたけど……居られないんだ。……ていうか、僕は居ない方が、良いんだ」

「何で?」
「……?」

「だって、きいちゃんが居ても、オレが頑張ってたら良くなってきてるんだから、別に、それでいいじゃん」
「――――……」

「きいちゃんが居ても、ちゃんと整ってれば、ひどいことにはならないんだろ? だって、今、そうなってないじゃん。小次郎のことだって、あと、おじいちゃんにも会えたし、いいこと、たくさんあるじゃん」

 予想外の言葉に、戸惑いながら。

「……多分それは、ヒロくんやお母さんが気づいて、良くなってる途中だから、だと思う。僕は、気付きの神だから。それが全うできるまでは、居られてるのかも。あと、姫ちゃんやあきくんが、幸運を運ぶ神様だってこともあったのかも、しれない」

「……いいよ、オレ達、ずっと、気付いてる途中ってことで良いじゃん。気づかせてる途中だよ、だから、きいちゃん、居なくならなくていいよね?」

「でもね……現に今、僕、この家に居ると……なんかふわふわしてきて……。僕は、ここにいちゃいけないって、自然と思ってる」

「ていうか……そんなの思わなくていいよ。 一緒に居るって、約束したじゃん」
「――――……そうだけど……」

「神様が、約束破っていいのかよ」
「――――……」

 瞬間。
 涙が、不意に受かんで。

 僕の瞳から、溢れた。


 …………僕。
 また泣いてるし。もう。


「あ――――……っごめん」

 謝ってくれると、余計泣けてくる。


「……オレは、きいちゃんが貧乏神でも良いよ?」
「ヒロくん……?」

「オレが頑張る。だから、多分、今みたいに大丈夫だよ」
「――――……」


「だから、ずっと、家に居なよ」


 ――――……そんな風に、言ってくれるなんて、思わなかった。

 貧乏神だと伝えたら。
 ヒロくんは優しいから、思い切り嫌悪したりはしないかなとは、思ってたけど。

 出てくことを、しょうがないよね、とかは、言うかもなって。
 だって当たり前だ。

 貧乏神だもん。


「きいちゃんが居てくれたから、オレんち、うまくいってるんだよ」


 ――――……多分、今が限界。
 ここまでは、気付いて、整えてきた。それがプラスに働いて、プラスのことが起こってる。

 これ以降はきっと、やっぱり、僕が居ると。
 不運が、いつ来るか、分からない。

 来てからじゃ遅い。


「でも……僕の、能力は――――……勝手に、出ちゃうから……」
「――――……」


「やっぱり、居られない。ヒロくんも……お父さんやお母さんにも、不運なことには、なってほしくない」


 そう言うと、ヒロくんは、黙った。唇を、かみしめている。


 きっと、自分だけなら、良いって言いかねない、ヒロくんは。
 お父さんとお母さんのことになると、良いって、言えないんだ。

 痛い位。
 その気持ちが、分かる。

 ……ほんと。優しくて。
 ほんとに、ヒロくんが、大好きだよ。

 
「だからね、一緒に居られないけど。ヒロくんが幸せであることを、祈ってるから」
「――――……でも……っ」

 何か言いかけたヒロくんの瞳を見つめながら、僕は、首を横に振った。


「神様の僕が祈るんだから。絶対だよ」

「――――……っ……」


 僕が決めてることが分かったのが、ヒロくんが、黙って。
 そしたら。


 ヒロくんの瞳から、涙が零れ落ちた。



「……気づきの神様としての、役目を、果たさせてくれて、ほんとに、ありがとう」

「…………っ……うん」



 初めて、本気で、祈った。


 人に、幸せになってほしい、って。



 大好きだよ。

 僕を見てくれて。
 僕の言葉を聞いてくれて、

 僕に笑顔を、たくさん向けてくれて。


 貧乏神でもいいなんて、言ってくれた。


 大好きだから。
 幸せになってほしい。


 貧乏神は、近くに居ちゃいけないんだ。



 だから。



 サヨナラを、大好きな君に、あげるから。

 


 そう思った瞬間。
 不意に、光に包まれて、僕は――――……。






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