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しおりを挟む「どこで話す?」
お母さんには聞こえないように言いながら、ヒロくんがとてもワクワクした顔で、僕を見つめる。
僕は貧乏神だから、そんなに喜んでもらえるような存在ではないんだけど、という気になる部分はとりあえず置いておこう。
だって、今、僕。
素直に、すごくすごくすごく……嬉しいんだもの。
人間と、見つめあえる日が来るなんて、思わなかった。
……泣いちゃいそう。
「ヒロ」
さっきから電話で話していたお母さんが、ヒロくんの隣に来て膝をついた。
「ヒロ、お母さん、仕事に行ってもいいかな?」
「え。……そうなの?」
「ごめんね、今日くらい一緒に居てあげたかったんだけど、お仕事が入っちゃって」
お母さんは、ヒロくんに、申し訳なさそうに眉を顰めた。
すると、すぐにヒロくんは、にっこり笑った。
「大丈夫だよ。オレ、留守番できるから」
いつも、ヒロくんは、すごく物分かりが良い。
普通の子なら、こんな時、嫌だって我儘言うと思うのに。
お母さんは、ヒロくんの笑顔に救われたように、ふわ、と笑ってヒロくんを撫でてから、仕事の準備を始めた。
……ヒロくんが良い子だって思う理由に、これもある。
本当は、寂しいし、行ってほしくないと思ってる、それが僕には分かる。
でも、ヒロくんは、それを外には出さない。お母さんには、決して見せない。大丈夫、と言って、心配させないように笑う。
……まだ九歳なのに。
生まれ持った性質が、良いのか。
お母さんと、もしかしたらお父さんも優しいから、ヒロくんがこうなったのかは分からないけど。
こんな、他人が見たら荒んだ生活をしていても、ヒロくんの気持ちは、綺麗。
だから、すごいなと、思ってる。
子供だけど。……多分、大人にだって、簡単にはできない。
「さっき買ってきたごはん、食べてね? 一緒に食べれなくてごめんね」
「うん、大丈夫だよ。気を付けてね。いってらっしゃい~」
お母さんを見送ってから、ヒロくんは僕の方にゆっくり、歩いてきた。
「……本当にお母さんには、見えないんだね」
「うん」
「……何で、オレには見えるの?」
「分かんないんだ。ヒロくんが入院する前も、僕はここに居たけど、その時は見えなかったでしょ?」
そう言うと、ヒロくんは不思議そうに僕を見て、そうなんだ、と笑った。
「今入ったんじゃなくて、ずっと居てくれたの?」
そう聞かれて、少しだけ止まって考える。
……居てくれた。
その言葉に、ひっかかりを感じる、僕。
僕が居るせいで、より不運が続いてると思うから。
居てくれた? と聞かれて頷くのには少し気が引けてしまうのだけれど、それを言う訳にもいかないし、頷くしかなくて、小さく頷いた。
「神様、なんでしょう?」
もう一度、嬉しそうに笑いながら、ヒロくんが言った。
「うん」
頷く。
「やった、じゃあこれから、いいことあるのかな」
「……いいことって、例えば何?」
「お父さんが退院できることとか」
「うん。……あとは?」
「お母さんがもう少し早く帰ってこれるようになる、とか」
「……」
……いいことって、それかぁ。
僕は、ヒロくんの顔をまっすぐに見つめた。
おもちゃが欲しいとか。何が欲しいとか。
言わないんだなあ、ヒロくんは。
家族が大事だって、ちゃんと、分かってる。
大事なんだから、今の状況はとてつもなく寂しいだろうに。
……困らせたくないから、ヒロくんは、我儘を言わない。
貧乏神の、大事な役割。
こんな生活をしていちゃだめだと気づかせる。
お金では買えない大事なものがあると、気付かせる。
……大事なものがあることには、ヒロくんはちゃんと、気付いてる。
こんな生活をしていちゃだめ、の方は、気付いてはいないけど……というか、ヒロくんは、まだ幼い。家事をすべきとか、そっちの認識がないだけなんだ。
今までは、気付かない人間を見続けてきた。気づいてほしいと叶わぬ願いを唱えながら、追い出されるまでずっと、見ているだけだった。
でも、ヒロくんは違う。
僕と、話せる。
「ヒロくん、あのね」
「うん」
「いいことがこの家に起こるためにはね」
「うん」
「僕が居るだけじゃ、ダメなんだ」
「…………そうなんだ」
少し間を置いて、考えながら、うん、と頷く。
「じゃあ……あの…… あ、名前はなんていうの?」
ヒロくんが、言葉の途中で、僕に名前を聞いてきた。
「神様、て呼んだ方がいい?」
「……僕はね、きいちゃんて呼ばれてる」
「きいちゃん?」
「うん。……そう」
「神様のこと、きいちゃん、なんて呼んでいいの?」
僕は、頷いた。
「じゃあ……きいちゃん」
「――――……」
今度こそ、本気で泣きそう。
僕の名を、人間が。
呼んでくれた。
まっすぐなキラキラした瞳で、僕を見つめる。
貧乏神になって以来。
もう、どれくらいかも分からない年月の中で。
こんな嬉しかったこと、無い。
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