上 下
5 / 28

5.

しおりを挟む

 乱れた家。

 ……まあ、掃除が行き届かない家は、総じてこんな感じ。

 古いアパートの一室。
 玄関を入ってすぐの廊下に、トイレとお風呂。キッチンがあって、奥に一部屋、その隣に寝室。三人家族で暮らすにはちょっと狭い。ヒロくんの机とかもないし、リビングのテーブルで勉強してる。教科書とかは、カラーボックスに詰め込まれてる。

 物が色々出しっぱなし、ごみが落ちているし、ごみ袋も全部は捨てきれてない。……汚い。
 散らかってて、どこもかしこも整頓されてなくて、乱雑。

 その中で、お母さんは寝ていた。

 僕がここに来た時には、すでに、こうだった。
 もうお父さんも、入院していた。

 だから僕は、お父さんを見たことはないんだ。

 さっきあきくんたちに言ったけど、ここ数日は、ヒロくんも入院していた。

 お母さんは、仕事の後ヒロくんのお見舞いに行って、面会時間ギリギリまで居るらしい。
 泥のように眠るって、こういうことなのかな……。

 ヒロくんが居なくなって、お母さんはまだ一回もまともに料理をしていない。
 ヒロくんが居ないと、料理をする気も起きないみたいだ。

 お風呂だけ入って、そのまま眠ってしまったみたい。

 この家も。気づく余地もないと、誰かが判断して。そして、僕は、追い出されてしまうのかなあ……。

 僕はため息をついて、座った姿勢のまま、ふわっと浮いて。
 窓をすり抜けて、屋根の上に出た。


 屋根に座って、空を見上げる。

 お月様、綺麗。
 満月が少し欠けたかんじ。


 明日、ヒロくん、帰ってくる。……楽しみ。

 話すことはできないけど、ヒロくんは本当にいい子だと思う。
 お母さんに優しいし。
 一人で居ることが多くて寂しいだろうに、そういうことで荒んだりはしていない。お父さんのことも大好きみたいで。

 お母さんが居なくても、ちゃんと時間でごはんを食べて、お風呂に入って、宿題もして、夜更かしもしないでちゃんと布団に入る。

 ヒロくんには、幸せになってほしいなあ、と思うのだけれど。
 ……僕が願っていいことなのかは、ちょっと分からない。

 だって僕が居ると、僕の意志に関係ないとはいえ、良くないのは分かっているから。


 ……僕が居ることの意味に、気づいてくれたらなあと。

 またも叶わない願い事をしながら、月を見つめた。


  

◇ ◇ ◇ ◇



 神でも、眠くはなる。
 まあ別に、好きな時に寝て良いし、らくちん。

 うとうとしながら、眠っていたら。
 玄関が開いて、ただいまーと元気な声が聞こえた。

 あ。ヒロくんの声だ。
 僕は、なんとなく、玄関が見える位置に移動した。


 別に、出迎えてあげられるわけじゃないんだけど。
 でも、気持ち的にね。

 おかえりって言ってたあげたいと思って。
 そしたら。


「え?」

 ヒロくんがすごくすごく、びっくりした顔でこっちを見てる。

 ……何だろ? 僕は、振り返った。

 何か驚くようなもの、あるかな?
 と、自分の背後をみるけど、ヒロくんがいつも一緒にのクマのぬいぐるみがあるだけだ。

 不思議に思って、ヒロくんに視線を戻すと。

 ヒロくんは、まっすぐに、僕を見ている。
 ……そんなような気がするけど、まさかね?

 何だかドキドキする。

 …………僕を、見てる??
 そんなわけ……ないよね?

 そう思っていたら、ヒロくんが、隣のお母さんを見上げて、こう言った。


「誰? あの子」

 ……え。

「ヒロ、何?」
「お母さん、あの子、どこの子?」

 お母さんも僕と一緒で、家に唯一おいてあるクマのぬいぐるみを指したと思ったみたい。


「その子は、生まれた時から居るクマさんでしょ?」

 と笑った。


「クマさんじゃなくて……あの子……」


 どう見ても、僕を見て、僕を指している。

 そんな馬鹿な、と思いながらも。
 僕は思わず、しー、と指を立てて、 ヒロくんに合図をした。


「……!」

 ヒロくんは、驚いた顔で、僕を見つめる。


 明らかに。
 僕の、動きに、反応してるとしか、思えない。


「ヒロ、くん……」


 ゆっくり、ヒロくんの名前を呼ぶと、ヒロくんは、部屋の奥に入ってきて、僕の前に立った。


「……ヒロくん、僕、ね」
「……」

「神様、なの。 お母さんには、見えないの」

「……神様なの?」

 こそこそと、ヒロくんが、言う。


「お母さんが、居ないところで話してもいい……?」
「うん!」


 ……僕は、嘘はついてない。


 貧乏神も、神様だ。


 でも、なんだか少し。

 喜んでるヒロくんに、罪悪感がある。



 ……だって、僕が居ると。
 人間的に言うと……幸せではない状態が続いてしまうから。



 そんなに喜ばれると……。
 ちょっと、胸が、痛いような気がする。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

龍神様の婚約者、幽世のデパ地下で洋菓子店はじめました

卯月みか
キャラ文芸
両親を交通事故で亡くした月ヶ瀬美桜は、叔父と叔母に引き取られ、召使いのようにこき使われていた。ある日、お金を盗んだという濡れ衣を着せられ、従姉妹と言い争いになり、家を飛び出してしまう。 そんな美桜を救ったのは、幽世からやって来た龍神の翡翠だった。異界へ行ける人間は、人ではない者に嫁ぐ者だけだという翡翠に、美桜はついて行く決心をする。 お菓子作りの腕を見込まれた美桜は、翡翠の元で生活をする代わりに、翡翠が営む万屋で、洋菓子店を開くことになるのだが……。

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

キャラ文芸
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。

黒ハット
ファンタジー
 前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

後宮に住まうは竜の妃

朏猫(ミカヅキネコ)
キャラ文芸
後宮の一つ鳳凰宮の下女として働いていた阿繰は、蛇を捕まえたことで鳳凰宮を追い出されることになった。代わりの職場は同じ後宮の応竜宮で、そこの主は竜の化身だと噂される竜妃だ。ところが応竜宮には侍女一人おらず、出てきたのは自分と同じくらいの少女で……。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

【完結】ご都合主義で生きてます。-ストレージは最強の防御魔法。生活魔法を工夫し創生魔法で乗り切る-

ジェルミ
ファンタジー
鑑定サーチ?ストレージで防御?生活魔法を工夫し最強に!! 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 しかし授かったのは鑑定や生活魔法など戦闘向きではなかった。 しかし生きていくために生活魔法を組合せ、工夫を重ね創生魔法に進化させ成り上がっていく。 え、鑑定サーチてなに? ストレージで収納防御て? お馬鹿な男と、それを支えるヒロインになれない3人の女性達。 スキルを試行錯誤で工夫し、お馬鹿な男女が幸せを掴むまでを描く。 ※この作品は「ご都合主義で生きてます。商売の力で世界を変える」を、もしも冒険者だったら、として内容を大きく変えスキルも制限し一部文章を流用し前作を読まなくても楽しめるように書いています。 またカクヨム様にも掲載しております。

処理中です...