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第2章

「今更って」

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 渡された野菜を何種類か、千切りにしていたのだけれど。

 どうやらいっこ、玉ねぎの強力なやつみたい。
 目、超、痛い。

「あ、ごめん、ソラ、そこにある丸い野菜なんだけど。ちょっと目に染みるから……」

 フライパンに向かって、何かを炒めていたアランが振り返ってオレを見て、あ、と固まって、苦笑い。

「遅いよーアランー」

 グスグス。
 涙と鼻水が。

「あー。悪い、さっき話してる時ちらっと思ったんだけど違う話してたら言うの忘れてた。オレそれ平気だから思い出すの遅れた。ごめんな。苦手な奴が居るんだよな。……つか、お前、相当苦手だな……」

 火を止めて、アランがオレに近付いてこようとしてるっぽい。


「その手で、目ぇこすんなよ、しみるから。ちょっと待って」

 苦笑いのアラン。


「うん。こすんないよー」

 グスグス……。
 完全に泣いてるみたい。


「はは、かわいーな、ソラ」

 クスクス笑って言われる。

 こっちの人たちって、何でそんなにオレを可愛いって言うんだろ。
 何歳に見えてるんだって話だったような気がしてきた。前に話してた時もだいぶ年下に見られてたしなぁ……。

 でも今泣いてるのは、オレのせいじゃないしー。


「涙拭くの持ってくるから待ってて」

 苦笑いのアランが、キッチンの隅にあった箱を取りに行く。

 その時。


「上までちょっとイイ匂いしてきた」

 そんな呑気な声とともに、ルカが現れた。
 イイ匂いは多分、アランが炒めてた何かの匂いだと思うけど……。


「――――……つか、何でお前は泣いてんだ?」


 ルカが、オレを見て、苦笑いしながら近づいてきた。


「この野菜が…」
「……ああ。目にしみんの?」

「……うん」

 グスグス鼻をすすっていると、ルカはしょうがないな、という顔。


「オレが注意してやんの遅れたんだよ。オレ、これそんなにひどくなんねーから……」

 アランが言いながら、紙を差し出してくれる。

 目が痛すぎて握りしめていた包丁を離して、紙を取ろうしてたら、ルカが遮って紙を手にした。


「はは。ほんと、可愛いなお前」

 ……もう何とでも言って。
 バカにされてるとしか思えないけど。

 とにかく紙くれ。
 そう思っていたら。


「鼻かむだろ?」

 クスクス笑いながら紙をオレの顔に近付けてくる。


「いいよ。かんで。手、使えねえんだろ?」
「……汚くない? 鼻かむとか」

 そう言うと、ルカは面白そうな顔で笑うと。


「は。今更」

 そんな風に言う。
 ちょっと抵抗あるけど、でもなんかもう、ツーンとして鼻をかみたい気分は我慢できず。

 ちーん、と、ルカの持ってる紙で鼻をかませてもらう。

 何度かかんで、はー、スッキリ。
 涙も拭き取られて、ほっとして、ルカを見上げたら、ルカが、ふ、と目を細めて笑う。

 ドキ。
 こういう時の、優しい顔は。
 ほんとに、なんか、もう。

 ドキ、と、する。


「はいはい、ほんとお前らは隙あらばイチャつくな。ソラ、それはオレが切るから、お前はこっち炒めて?」

「あ、うん。……てか、イチャついてないし……鼻かんでただけだし……」

 言いながら、さっきまでアランが炒めていたフライパンに近付く。


「さっきだって、イチャついてたろ?」
「さっきって?」

「海の中が見える窓のところで」
「イチャついてないし」

 むー、とふくれた後。

 あ、キスされてたっけ。と、思い出して、あ、と口を開けると。
 鋭いアランは、やっぱイチャついてた?と、笑う。


 べ、別に、オレからイチャついてる訳じゃなくて、ルカが、キスしてくる、だけだし。今だって、鼻かんでくれて、助かったけど……。

 …………ていうか、鼻って普通、人のかまないよな。
 ルカ、今更、とかいって笑ってたけど。


 今更ってどういう意味……。

 なんか……いろんなところ、触り尽くして、いろんなことされ尽くして……それで、鼻水くらい今更って、意味なら……。


 ぎゃー、何、それ、恥ずかしすぎるー!


 言われてからかなり時が経ってから、恥ずかしさに気づいて、かあっと赤くなってると、隣で説明しながらオレを見ていたアランが、ぷ、と笑い出した。


「ルカ、なんか、ソラが変な想像して真っ赤だけど」


 わー、何言ってるんだー! よけいなこと言うなー!


「ち、がうしっ」

 ますます熱くなる頬。


「ふーん?」

 オレを泣かせた食材の匂いを嗅いだりしてたルカは、アランの声に、そんな風に答えながら、面白そうに笑ってオレを見つめる。

 オレは目を逸らして、フライパンに向かう。


「仕事仕事……」


 もーこっち見ないでください。

 そんな風に思いながら、アランが言う通り、炒め始めたオレの隣に来て、ルカがクスクス笑う。



「頑張れ頑張れ」


 ニヤニヤすんなー。



「離れててよ、危ないし」


 そう言うと、クックッと笑いながらオレから少し離れたルカは、部屋にある椅子に腰かけて、面白そうにこっちを見る。それを見届けてから、オレは、また前を向いた。


 気になるから、見ない見ない。
 そう決めて、オレは、フライパンだけに集中することにした。 






(2022/8/19)

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