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第2章

「蒼空」

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「じゃあな、アラン。今日は日暮れまでには帰るから」

「おう。飲み屋に、一席設けて貰っとくから」


 ルカの声にアランがそう言って笑ってる。



 皆で地下から上がって、ふ、と空を見上げた。

 地下にこもってたから。
 やけに、空が眩しすぎて。


 広くて、真っ青な空。綺麗だよなあ……。
 この青空だけでも、ここに居ても良いなとか、少し、思ったりしてしまう。



「――――……」



 オレの名前は、漢字だと、「蒼空」。

 「空」だけだと、字画が悪かったって、父さん母さんが言ってた。
 「青」よりも「蒼」の方がより良かったって。

 ただ、「蒼」は、日本での昔からの意味では、ブルーよりはグリーン。
 青に灰色がまざったような色の意味があったらしくて。

「蒼い空」が「青空」と同じ意味でも、使われるようになったのは最近なんだって。


 小学生の時、自分の漢字の意味を、家族の人に聞いてくるっていう宿題が出た時、そう聞いた。

 父さんと母さんは、オレの好きな意味で良いよって言ってた。

「青空」が好きならその意味で取って良いし、曇り空が好きなら、それでもいいよって。もう両方ひっくるめて、全部の空って、思ってもいいよって、言ってたから。

 オレはその時から、オレの名前は、「全部の空」って、思う事にした。

 小学生だったアホなオレは、その名前の意味を発表する授業参観で、「全部の空って意味です」ってだけ言ったらしくて、皆に、はて?て顔をされたとか。

 結局、先生に聞かれて、母さんが簡単に説明させられたらしく。それで皆が納得してくれたとか。――――……オレは覚えてないけど、母さんが、「あんな授業参観でお母さんが話すなんて聞いたことない」って、恥ずかしがってて。父さんは笑ってて。大きくなっても何度か聞かされたエピソードなので、こんな時にも、咄嗟に思い出す。


 ――――……「蒼空」って名前が、大好きだった。


 青空も、曇り空も、夜の黒い空も、全部ひっくるめて、「オレの空」だもん、とか、思ってた。


 空を見上げる事が、大好きで。
 星も、大好きで。

 

 まさか。


 こんなよく分からない場所で、「ソラ」と、カタカナで呼ばれるとは。
 思った事もなかった。……当たり前か。


 目の前の皆が、今日どうしようか、話してる。
 それをぼんやりと見ながら。

 なるべく考えないようにしていた事が、不意に過ぎってしまった。


 ――――……父さんと母さん、兄貴。
 今、何してるんだろう。


 向こうのオレは、どうなってるんだろう。

 今、本当に長い夢を見てるだけなら、オレは寝てるだけだから。
 向こうは、ただの日常なんだろうな。

 ……もしオレが、向こうでは行方不明になってたりするなら。
 父さん母さんや兄貴は、きっとオレをすごく探してたりするのかな。


 ……その想像は、したくなくて。
 夢だと、思い込もうと、してたけど。

 戻ったらきれいさっぱり元どおりなら、帰るまでは、この世界で楽しく過ごそうとか思おうとしているけれど。

 ――――……でも、この世界に、居てもいいな、なんて、思ったりすることがあって。ルカや、皆の側に居たいな、とか。都度、思ったりして。

 そんなことが可能なのか、願えば叶うのかも分かんないし。

 その場合、向こうの世界のオレと、オレの周りは、どうなるんだろう、とか。分からないことばかりで、何とも言えない。


「――――……」



 空が、太陽が、めちゃくちゃ、眩しい。
 キレイ。


 キレイすぎて、何だか、涙が、出そうになる。



 オレ、絶対不安定だよな。
 楽しいとか、可愛いとか、嬉しいとか。色々あるのに。
 ふとしたことで涙がでそうになる。


 ――――……こんなこと、無かったのに。
 

 足元がいつ崩れるかわかんない、不安。
 どこかで吸い込まれて、自分が消えるかも、な、不安。

 ただ戻れるなら良いけど。
 ――――……また別の、もっと恐ろしいとことかに行くかもしれないし。

 夢が覚めるだけならいいけど、 オレ、この記憶が残っていたら。
 ……その時、ここに戻りたいって、思っちゃったりしないかなとか。

 考えても、何も正しいことは分からない。


 ただ無力に、ここに居るだけ。

 自分の意志じゃない。――――…… すごく、不安。



「ソラ」

 不意にルカが目の前に現れて。両頬を挟まれて、顔を上げさせられた。



「どうした?」
「……?」


「呼んでも、ぼーっとしてこっち見ねえし」
「……あ、うん。 空見て、ぼーっと、してた」

「ふうん……ま、いいや。ソラ、来いよ」


 ルカに腕を引かれて、皆の所に連れていかれる。


「聞いたけど、至急の案件は無さそうなんだよ。で、お前も昨日偉い目に遭ったし、今日は休憩ってことになった」

「休憩?」

「隣の町に、温泉があるんだ。知ってるか、温泉」
「……お風呂?」

「そ、色んな効き目があるっていう、でかい風呂。 町全体が温泉を中心に、色んな商売や遊び場を作ってるらしいぜ。一回行ってみたかったんだよ、行こうぜ?」

 めちゃくちゃ楽しそうに、鮮やかな笑顔を向けてくるルカ。

 ――――……何だか。
 ふわ、と気分が浮上した。


「――――……うん、行きたい」


 ふ、とルカを見つめて、笑顔で頷いたら。

 ルカも、くす、と笑いながら、瞳を細めて。


 オレの頭をぐりぐり撫でた。



 ルカって。
 …………結構オレ様で。意地悪な時もあるし。結構色々大変なんだけど。でも。





 ルカの笑顔って。


 ……たまに、太陽みたいだな。なんて。


 明るくて。
 迷いも、吹き飛ばしてくれそうな。



 考えても答えのない、不安な暗い中で色々考えてる時でも。

 少しだけ、光を与えてくれるみたいな。




 不思議。




 



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