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第1章

「移動魔法」

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「もういいわよ。とりあえず宿に戻ろ。魔王はまた次、追い詰めるしかないし」

 魔法使いがそう言った。


「――――……あーマジかよ……また居場所探しからやり直しか……」

 勇者がもう、低い低い声で、かみしめるように呟く。


「仕方ないかな。逃げるだけの余力がまだあったって事だから――――…… 結局今日は最終決戦じゃなかったって事なんじゃないかな。また頑張ろう、ルカ」

 騎士が、涼しい声で。少しだけ肩を竦めながらそう言った。


「宿戻るよールカ、こっち来て」

 魔法使いの周りが、ぶわ、と光る。

 あ、もしかして。 移動魔法、だ。


 ――――……うわー、これ見れるって、なんか感動する……。

 一瞬自分の状況も忘れて、ぽーっと見つめていると。
 勇者が、オレの腕をぐい、と引いた。


「え?」

「こいつも連れてく」


 え、何で。と思ったけれど。
 よく考えたら、ここ、この人達が居なくなったら、魔王が今まで住んでた、城というか洞窟というか。よく考えなくても、結局魔王は滅びてないんだから、ここには魔物がいっぱい、いる訳で。

 …………1人で置いていかれたら、ここ、出る前に死ぬな。オレ。
 ていうか運よくここから出られても、外で、魔物に遭って、死ぬな。うん。


「来るだろ?」


 ……うん、ついてく。
 思わず、勇者の腕にぎゅ、としがみついてしまう。


 ドSだろうが、性格ちょっと歪んでようが、勇者は勇者。 
 まわりに頼もしい仲間も居るし。

 オレの目が、いつ覚めるかも分からない以上、もう、とりあえずついてくしかない。


 この世界で死んだら戻れるかもしれないけど、
 万一この世界で死んだら、現実のオレも死んじゃったら困るし。

 こんな異常事態、何がどうなるかなんて、さっぱり読めないし。

 ていうか、ほんとにこの夢、はっきりしすぎていて、
 何かもう、怖いしかない。


 夢じゃなかったらどうしよう。

 ……でもこんなの夢だよね。


 自分がやってたゲームの中に入って、中の人達と、きっとゲームの設定にはないセリフで話して……。

 ……うん、夢だな。

 早くさめてくれー。



 と、思うのだけれど。

 勇者と共に、魔法使いの近くの、白い光の中に入ると。



 呪文が唱えられて、ふわ、と体が浮いた。
 白い光に包まれるように、何だか、ずっと浮いたような感覚がしてて。

 ふっと気づいたら、どこかの町の入り口に立っていた。


「う……わ――――…………」



 ――――……すっご……!!

 オレ今、移動魔法で、飛んだ!


 夢でもなんでもいいや、すごい経験をした気がする。


 こんな風に、ゲームの中のキャラ達は飛んでたんだ。


 どんな原理?

 原理とかないのか、魔法だもんね。


 ていうか、魔法ってそもそも何なんだ。
 超能力とは違うのか?
 
 呪文があるのが魔法? 

 なんだろ???

 全然分かんないけど、すっごい楽しかった!!



「え? なに??」

 魔法使いが、オレを見て、ぷ、と笑った。


「なんでそんなに嬉しそうなの?」
「……飛んだの、初めて」

「ああ、移動魔法? なかなか使える人居ないもんね」
「感動してるとこで」

 じーん、と浸ってると。


「変な子」

 クスクス笑って、魔法使いがオレの前に立つ。


「楽しかった?」
「うん! めちゃくちゃ、すごかった」

「あはは。 じゃあ明日、色んなとこ、連れて行ってあげようかなー」
「え、ほんとに?」

「いいよー?」

 もし夢がさめてなかったら、ぜひ!
 ていうか、明日迄、目、さめなくていいや!


 やったー、と喜んでると、魔法使いがさらに一歩、オレに近付いてきた。



「かーわいい」

 クスクス笑われて、ぷに、と頬に触れられる。




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