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第4章「先生としてって言ったけど」

7.いつも

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 スマホを取り出すと、そこには、春樹の名前。
 ひたすら二人になるのは避けてきたから、学校で話せないから、遂に電話か。
 
 ……何だろう。何の用があるのかな。
 私は、そのまま、鞄の中にスマホをしまった。

「電話じゃない?」
「……電話だけど、今じゃなくて大丈夫」

 そう言うと、琉生はそっかと頷いて、それから、ちょっとあたりを見回した。

「これからどうしたい? ここでどこか行ってもいいし、家の方にもどっても良いし」
「ん……琉生は、何かしたいことある?」
「うん。……ある」
「あ、あるの?」

 ふふ、と笑ってしまう。

「じゃあ最初から言ってくれたらいいのに」
「琴葉がしたいこともしたいし。むしろそっち先にしたい」
「本も買えたし、ボーリングも楽しかったし。私もういいよ。琉生のしたいことって何?」

 琉生は私を見て、にっこり笑う。

「ネクタイ、買いたくて」
「あ、そうなんだ」
「そんなにまだ持ってないからさ。付き合ってくれる?」 
「うん、いいよ。どこで買いたいとかあるの?」

「あっちのデパート行って、良さそうなとこで選ぼうかな」
「いいよー」

 二人で歩き出す。その瞬間、また電話が震えてるのに気づく。

 ……何なんだろう。もう別れてるのに。春樹が別れようって言ったのに。
 なんだかすごくモヤモヤする。

 ネクタイのあるお店を覗きながら、私はゆっくり息をついた。

「ごめんね、あの端っこで、少しだけ電話してくるね」
「あ、うん。ここで見てる」
「うん」

 着信二件。どっちも春樹だった。
 窓際に立って、下を見ながら、電話を鳴らす。

 あれ以来、初めての電話。
 ……こんな気持ちで、春樹にかける日がくるなんて、思わなかったなあ……。

 出なくてもいいよ、なんて思ってしまうけど、呼び出し音が鳴って少しで、繋がってしまった。


『もしもし、琴葉?』
「……森本先生。何か、用ですか?」

 敢えて、名字で呼ぶと、春樹は少し黙った。

『……その……実家、どうしたかなと思って』
「――」

 ……分かってたけど。
 多分それ、気にしてるんだろうなって。

「……あのね」
『――――』

「別れようって決めたのは、森本先生でしょ。私のことは、気にしなくていいよ」
『――――』

「……千里とか健司さんとか……一緒に来てくれたから、楽しかったし」
『そうなんだ』

 ほっとした感じの返事。
 ――春樹がほっとするのも、おかしいよね。……何だか、自分の中が嫌な気持ちでいっぱいになりそう。

「……私の家族も、がっかりしないで済んだし。もう気にしないで。好きな人と、仲良くね」

 そう言うと、春樹は黙った。

『琴葉、あの……』
「……私、一人で実家に帰るとこだったんだよ? 婚約者と別れて。今更、どうして気にするの」
『……ごめん』
「……私、もう大丈夫だから、きにしないで。電話も、しないで」

 少し待って、何も言わない春樹に、それじゃ、と言って、電話を切った。

「――――」

 なんかもう、意味が分からない。
 はーもう。
 春樹のこの心配は、優しさじゃないって、ほんと、分かってくれないかな。
 すごく嫌な気分になってしまって、スマホを見つめる。

 琉生が居た店の方を見ると、ちょうど琉生が出てきて、私を見つけたところだった。
 戻らなきゃ、と思った時。
 琉生が、早足でこっちに向かってきた。

「今戻ろうと思ってたんだけど……」

 私も途中まで歩いていたところを、腕を取られて、窓際に戻る。

「琉生?」
「大丈夫?」
「……?」

「なにか嫌な電話だった?」
「――――」

 心配そうな顔。

「……あんな遠くからも分かっちゃうくらい変な顔してた?」
「変な顔はしてないけど。……なんとなく」

 ちょっと困った顔でそう言われて、私は少し俯いた。

「……春樹が、実家、どうしたかな、だって。良く分かんない心配してて」
「――――」

 琉生は、ふ、と眉を寄せた。

「良く分かんないよね。ほんとに……」

 何だかどうしようもない気持ちで苦笑した私に、琉生は首を振った。

「……森本先生、ほんとに琴葉が好きだったんじゃないかな。それで気になってるんだろうね」
「……」
「まあだからと言って、最後が最後だから、琴葉にとっては意味が分かんないだろうけど」
「……」
 困ったように言ったと思ったら。琉生は私をまっすぐに見つめた。

「森本先生、ほんともったいないことしたな~ってオレは思うよ」
「――」
「琴葉と結婚できないんだからさ」
「何、それ……」

「きっとあの人も思うんじゃないかな。 琴葉と結婚してればよかったなーって」
「……どうだろ」

 苦笑いで首を傾げると。
 琉生が、ぽんぽん、と私の頭に手を置いて、くしゃ、と撫でた。

「元気だして」

 琉生を見上げると、琉生は、ふ、と鮮やかに微笑んだ。


「ネクタイ。一緒に選んでくれる?」


 別に撫でられたから、とかじゃないけど。
 なんだか嫌な気持ちでいっぱいになりそうだった気持ちは、何だか少し晴れて。


「……うん」

 私が微笑んで頷いて、二人で歩き出した。


 ……なんだかな。四つも年下なのに。
 先生としてちゃんと指導するとか、言ったのに。
 いつも、とっても、助けてもらっている気がする……。


 ……最初に甘えまくったからかな。




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