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第4章「先生としてって言ったけど」

4.心とか本能とか

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 二人と別れて、自宅の駅に帰ってきた。
 最後の方は、飛び込むにはどうするかで、夏美と遥香が盛り上がってたのを思い出して、ふと笑ってしまう。

『琴葉は頭で考えちゃだめだよ!』
『そーだそーだー。好きって思ったら、飛び込むこと! うだうだ理屈はいらないからね』
『そうそう! 心だよ心。本能?』

 別れる時の、遥香と夏美の、締めの言葉はこれだった。

 心……って本能って。

 思い出して笑ってしまいそうになりながら改札を出て歩き始めると、ふと、スマホを持ちたくなる。もう春樹にかけたいとは思わないし、ちゃんと分かっているけど、もう、癖みたいなもの。スマホには触れずに家までの道を進む。

 色々二人には言われたけど、やっぱりあの日別れを告げられるまで、私は春樹を好きだと思ってたと思う。一生一緒に生きてく人だって決めてた。……でもまあ、確かにあんまり恋愛に夢中になったりしないできたかも。夏美と遥香だけじゃなくて、他の友達を思い出しても、皆、もっと、恋愛に一生懸命だったなあとは、思うし。

 好きじゃなかったなんて、そんなことはないと思うんだけど……。なんかもう、よくわかんないなあ。自分のことなのに。大体にして私、恋愛に苦手意識しかないんだよなぁ……。

 考えていたその時、スマホが震動したのに気づいて、手に取ると、琉生からだった。
 ドキ、とする。

 このドキはなんなんだろ。
 好き、なんだろうか。
 ……琉生が私を好きだなんて言ってくれるから、舞い上がってそう思ってるんだろうか。

 春樹に別れたいって言われた直後に、優しくしてくれた琉生にすごく感謝はしてる。
 とか、頭で考えるなって、そういうばさっきも言われたなあ。
 

「――――もしもし……?」
『あ。こんばんは』

 優しい、穏やかな声。……自然と笑みがこぼれた。

「こんばんは」
『今電話大丈夫ですか?』
「はい。今駅から歩いて帰ってるとこです」
『まだ外?』
「盛り上がっちゃって、遅くなっちゃいました」

 そう言うと、琉生はクスクス笑う。

『それは楽しそうですけど、帰り道気を付けてくださいね』
「あ、はい」

 言われて、なんとなく後ろを振り返る。

『琴葉、でいい?』
「……うん」

『あとどれくらいで家につく?』
「五分位かな」
『つくまで話しててもいい?』
「うん」

 頷くと、ありがと、と琉生が言う。

『琴葉、週末の予定はあり?』
「……入れてない。実家帰っての翌週だし、学校も二週目だし、まだ疲れてそうで」
『そっか、じゃあゆっくりする感じ?』
「うん。その予定」
『そっか……』

 何だか残念そう。でもここで、何かありますかって聞くのもへんかなって、また、考えすぎかな。
 ……普通の会話だったら。こう、かな。

「清水先生は出かけるんですか?」
『琉生、でいいよ』

 あ。なんだか力が入りすぎて。先生モードになってしまった。うう。意識しすぎてると難しい。

「……琉生は、出かけるの?」
『オレも予定は入れてなくて……ただ明日、サッカーに誘われたんだけど、他に行きたい所があって』
「そうなんだ」

 どこに。とか。聞くところかな。
 聞こうかなと思った時、琉生が先に話し出した。

『――大きな本屋さんに行きたくて。参考書とか見たいんだけど』
「そうなの? あ、数学の?」
『うん』
「そうなんだ……」

 付き合ってほしいのかな。でも土曜に二人でってデートみたい……ってそんなの考えてないかな。うーん。
 と色々一瞬で浮かんで悩んで、またふっと、考えちゃダメという二人の言葉が浮かんだ。

 私は今は、どうしたいだろう。深く考えなかったら私は。
 

「……良かったら、一緒に本屋さん、行きますか?」


 自然とそう漏れた。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 翌日。
 都内の某大型本屋のある駅前に向かうため、琉生と私は、途中の駅のホームで待ち合わせをしていた。

 昨日誘った後、参考書見るなら、とか、こないだ付き合ってもらったから、とか、言い訳がぽろぽろ溢れた私を遮って、「ぜひ」と言った琉生。
 昨日は待ち合わせを決めて、電話を切った。

 少し早くついちゃったかなと思ってると、「琴葉」と柔らかい声で名を呼ばれた。振り向くと、私服の琉生。
 黒のニットに、ネイビーのデニム。中にシャツを着てる。おしゃれに見える。脚、長……。

 めちゃくちゃキラキラしてる人が、駆け寄ってきた。
 
「おはよ」
「うん。おはよ」

 ……なんだかなあ。

 めちゃくちゃ、視線が飛んでくる。
 やっぱり目立つな、この人。
 
「もうちょっと後ろにいこっか。混むから」
「うん」

 人の多いホームを、琉生のあとについて抜けていく。琉生に向く視線、後ろから歩いていると余計に感じる。
 背が高いし。モデルさんみたいだもんな。

 ……あ、でも。高校生の時とか、バーに居た時の目立たなさ加減はすごかった。
 なんか、これを、目立たない感じにできるって逆にすごいな。とちょっと面白くなってると、私を振り返った琉生は、ん? と首を傾げた。

「どうかした?」
「……あ」

 しまった、笑ってたかも。もうこれは言うしかないと思って、列に並びながら琉生を見上げた。

「なんか、ほんとにすごく目立つ人なのに、黒い人になってたのとかすごいなーと思ったら」
「ああ……」

 琉生は苦笑い。

「髪と目隠すと大分変わるから」
「高校生の時より背、すごく伸びた?」
「うん。なんか、動くようになったら、一気に伸びた」
「そっか」
「そういえば高校ん時も、髪と眼鏡で隠れてたな。……先輩の店でも同じ隠れ方してたね、オレ」

 はは、と苦笑しながら琉生が私を見つめる。

「簡単だけどてっとり早いかな。琴葉も変装したかったら任せて」

 楽しそうな笑顔に、ふふ、と笑いながら頷く。
 
 
 
 
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