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第3章「一人で実家帰りと思ったら」
10.馴染みのお店
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琉生と千里と三人で、琉生のお薦めのお店に入ったのは、十八時半を回った頃だった。琉生が教頭先生に呼ばれて、新任の先生たちで書かなければいけない書類が業務後にあったのと、千里も今日集めた保健の書類の整理が終わらなかったから。ちょっと遅くなってしまった。
店に入ると、いらっしゃい、と元気な声がした。中は賑やかで、明るいお店だった。
テーブル席が奥の方までいくつか見えて、靴を脱いで上がる畳のテーブル席が三つ、あとはカウンターの席だった。
「おー、琉生じゃん。誰かと思った」
「佐々木さん、こんばんは」
「スーツ姿、初めてだな。似合うなあ?」
「どうも」
年は五十前後かな、「佐々木さん」と呼ばれた店員さんが「イケメンはなんでも似合うなー」とか笑ってる。琉生がちょっと照れ臭そうに笑ってると、奥から来た女性の店員さんも琉生を見て、「琉生くん、スーツだー」と嬉しそう。
「こんばんは、祥子さん」
そう挨拶してから、琉生が私と千里に、「佐々木さんが店長で、祥子さんが奥さんです」と、説明してくれた。
「琉生くんの同僚の先生方ですか?」
「あ、はい。こんばんは」
祥子さんに話しかけられて、私と千里も挨拶をする。
「いらっしゃいませ。そちらのテーブル席でいいですか?」
一つだけ空いてた、畳のテーブル席を指されて、はい、と琉生が頷く。「じゃあどうぞ~」と祥子さん。靴を脱いであがり、私と千里が並んで、向かい側に琉生が座った。
「私、生ビールで」
「秋坂先生っぽいですね」
「そう? てか、まだ私のこと、何も 知らないのに、ビールがらしいとか」
千里がクスクス笑う。
「なんとなくどんな人かって、分かりますけど」
「あら、そう?」
琉生と千里が何だか楽しそうに笑い合ってる中、メニューを見て、「梅酒のソーダ割でお願いします」と祥子さんに伝える。
「琉生くんも生?」
「はい」
了解、と明るく言って、祥子さんは離れていった。
「すっごいアットホームなお店ですね。意外。清水先生は、なんか、こう……カクテルとかばっかりの、バーテンとかの居る店に居そう」
「まあ、バイト先はそういうとこでしたけど。知り合いの店でしたし」
「あ、そっか。そこで琴葉と会ったんでしたっけ」
「そう、ですね」
ちら、と琉生に視線を流されて、えーと、と、店内に視線を逸らしてしまうと、琉生が、なんだかクスクス笑った。
「大体、知ってるってことで、大丈夫ですか?」
琉生が千里に聞いてる。何が、とか、そういうの、完全に抜きで。
千里は、うーん、と笑ってから。
「昨日二人が話したことは、朝の琴葉がてんぱって早口でわーって言ったから、全然よく分かんなかったですけど……あ、実習生の頃から知ってる、ていうのは分かりました」
「……」
うう、言い方……。千里を見ると、千里が私の視線に苦笑いを浮かべて、琉生に向き直った。
「あの、誤解が無いように言っておくとですね……昨日の朝、清水先生と会う前に、一昨日の夜に出会った王子様の話を聞いたんです。琴葉がそんなことするなんてびっくりでしたけど、もう会わない人だって聞いて、まあでも、泣かなくって済んで良かったねって、終わる話の筈だったんですが」
「……王子様……」
琉生がクスクス笑ってるのを、もうそっちを見れずに、千里を見つめていると。
「だから、あの全体朝礼で、めちゃくちゃおかしかった琴葉が、その後、助けを求めて喋っただけですから。言いふらしてるとかじゃないですよ」
どうやら私を庇ってくれているらしい千里に、琉生はふんわりと笑った。
「大丈夫ですよ。オレ、必死で隠すつもりもないので」
「ん。みたいですね」
「はい」
クスクス笑い合ってる二人の、よく分からない仲良しな感じに、やっぱり、ここはもう二人で飲んでもらった方が良いんじゃないかと、ドキドキしているところに、店長さんがやってきた。
「はいどうぞ」とアルコールを置いてくれた後に、美味しそうな料理が目の前にいくつか置かれた。
「琉生の、就職祝いね」
「え? 良いんですか?」
「いいに決まってる」
「ありがとうございます」
嬉しそうに笑う琉生に、店長さんは、私たちに視線を向けた。
「琉生、一人でよく夕飯食べに来てくれてたんですけど、最初は、何でこんな顔の奴がうちなんか来るんだろうって、二人で言ってたんだけどね」
あはは、と笑う店長さんに、琉生はまた言ってる、と苦笑い。
「顔関係ないし」
「あんまりお客が居ない時に、試しに話しかけてみたら、なんか可愛くなっちゃって」
「つか、可愛いとかやめてくださいよ」
「まだ新任だし、迷惑かけるかもだけど、琉生をよろしくお願いしますね」
私たちに言う店長さんに、琉生はもう、ものすごい苦笑い。
「今日はサービスするから、好きなもの頼んでくださいね」
他のお客さんには聞こえないようにこっそり言って、店長さんは離れていった。
「四年通ってたら、なんか仲良くなっちゃって……。ああいう恥ずかしいのも予想内ではあったんですけど、料理、ほんと美味しいんで、食べてほしくて」
苦笑しながら言う琉生に、千里と顔を見合わせて、クスクス笑ってしまう。
「恥ずかしいとかじゃなくて、すごい可愛がられてますねー」
と千里が言うと、もうほんと早く食べてください、と琉生が笑う。
店に入ると、いらっしゃい、と元気な声がした。中は賑やかで、明るいお店だった。
テーブル席が奥の方までいくつか見えて、靴を脱いで上がる畳のテーブル席が三つ、あとはカウンターの席だった。
「おー、琉生じゃん。誰かと思った」
「佐々木さん、こんばんは」
「スーツ姿、初めてだな。似合うなあ?」
「どうも」
年は五十前後かな、「佐々木さん」と呼ばれた店員さんが「イケメンはなんでも似合うなー」とか笑ってる。琉生がちょっと照れ臭そうに笑ってると、奥から来た女性の店員さんも琉生を見て、「琉生くん、スーツだー」と嬉しそう。
「こんばんは、祥子さん」
そう挨拶してから、琉生が私と千里に、「佐々木さんが店長で、祥子さんが奥さんです」と、説明してくれた。
「琉生くんの同僚の先生方ですか?」
「あ、はい。こんばんは」
祥子さんに話しかけられて、私と千里も挨拶をする。
「いらっしゃいませ。そちらのテーブル席でいいですか?」
一つだけ空いてた、畳のテーブル席を指されて、はい、と琉生が頷く。「じゃあどうぞ~」と祥子さん。靴を脱いであがり、私と千里が並んで、向かい側に琉生が座った。
「私、生ビールで」
「秋坂先生っぽいですね」
「そう? てか、まだ私のこと、何も 知らないのに、ビールがらしいとか」
千里がクスクス笑う。
「なんとなくどんな人かって、分かりますけど」
「あら、そう?」
琉生と千里が何だか楽しそうに笑い合ってる中、メニューを見て、「梅酒のソーダ割でお願いします」と祥子さんに伝える。
「琉生くんも生?」
「はい」
了解、と明るく言って、祥子さんは離れていった。
「すっごいアットホームなお店ですね。意外。清水先生は、なんか、こう……カクテルとかばっかりの、バーテンとかの居る店に居そう」
「まあ、バイト先はそういうとこでしたけど。知り合いの店でしたし」
「あ、そっか。そこで琴葉と会ったんでしたっけ」
「そう、ですね」
ちら、と琉生に視線を流されて、えーと、と、店内に視線を逸らしてしまうと、琉生が、なんだかクスクス笑った。
「大体、知ってるってことで、大丈夫ですか?」
琉生が千里に聞いてる。何が、とか、そういうの、完全に抜きで。
千里は、うーん、と笑ってから。
「昨日二人が話したことは、朝の琴葉がてんぱって早口でわーって言ったから、全然よく分かんなかったですけど……あ、実習生の頃から知ってる、ていうのは分かりました」
「……」
うう、言い方……。千里を見ると、千里が私の視線に苦笑いを浮かべて、琉生に向き直った。
「あの、誤解が無いように言っておくとですね……昨日の朝、清水先生と会う前に、一昨日の夜に出会った王子様の話を聞いたんです。琴葉がそんなことするなんてびっくりでしたけど、もう会わない人だって聞いて、まあでも、泣かなくって済んで良かったねって、終わる話の筈だったんですが」
「……王子様……」
琉生がクスクス笑ってるのを、もうそっちを見れずに、千里を見つめていると。
「だから、あの全体朝礼で、めちゃくちゃおかしかった琴葉が、その後、助けを求めて喋っただけですから。言いふらしてるとかじゃないですよ」
どうやら私を庇ってくれているらしい千里に、琉生はふんわりと笑った。
「大丈夫ですよ。オレ、必死で隠すつもりもないので」
「ん。みたいですね」
「はい」
クスクス笑い合ってる二人の、よく分からない仲良しな感じに、やっぱり、ここはもう二人で飲んでもらった方が良いんじゃないかと、ドキドキしているところに、店長さんがやってきた。
「はいどうぞ」とアルコールを置いてくれた後に、美味しそうな料理が目の前にいくつか置かれた。
「琉生の、就職祝いね」
「え? 良いんですか?」
「いいに決まってる」
「ありがとうございます」
嬉しそうに笑う琉生に、店長さんは、私たちに視線を向けた。
「琉生、一人でよく夕飯食べに来てくれてたんですけど、最初は、何でこんな顔の奴がうちなんか来るんだろうって、二人で言ってたんだけどね」
あはは、と笑う店長さんに、琉生はまた言ってる、と苦笑い。
「顔関係ないし」
「あんまりお客が居ない時に、試しに話しかけてみたら、なんか可愛くなっちゃって」
「つか、可愛いとかやめてくださいよ」
「まだ新任だし、迷惑かけるかもだけど、琉生をよろしくお願いしますね」
私たちに言う店長さんに、琉生はもう、ものすごい苦笑い。
「今日はサービスするから、好きなもの頼んでくださいね」
他のお客さんには聞こえないようにこっそり言って、店長さんは離れていった。
「四年通ってたら、なんか仲良くなっちゃって……。ああいう恥ずかしいのも予想内ではあったんですけど、料理、ほんと美味しいんで、食べてほしくて」
苦笑しながら言う琉生に、千里と顔を見合わせて、クスクス笑ってしまう。
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