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第2章「振られた翌日の、悪夢みたいな」
40.男子生徒
しおりを挟む「あの、ヒントが欲しいんだけど、だめ?」
「たとえばどんな?」
琉生がクスクス笑いながら、私を見つめる。
「どれくらい前、とか……?」
「琴葉が、二十歳頃、かな」
「そんなに前?」
てことは、琉生は十六歳。高校二年生。私は二十歳。
「わかった?」
分かったというか、思い当たるのはやっぱり、教育実習しかない。
でも、受け持った中に琉生って名前は居なかったし。
頭フル回転しても、頭の中にある高校生の中に、琉生みたいな子は全然、ヒットしない。
琉生はすごく楽しそうに私を見てるけど、なんだか私はいたたまれない。琉生は覚えてるのに、私ってば綺麗さっぱり忘れてる訳だし。
「教育実習くらいしか、年下の子に会わないと思うんだけど、琉生が居た記憶がないから、違うのかなと思うと、もう、何も浮かばないんだけど……」
もう正直に言うしか無くて、そう言ったら、琉生はクスクス笑った。
「合ってるよ」
「――――」
え、じゃあ私、実習の時の生徒、こんなに綺麗に忘れてるってこと?
でも、あの時すごい頑張って名前覚えたし、今だってあの時の皆の名前、結構言える気がするのに。しかも、琉生なんて珍しい名前で、こんなに目立つ子、忘れる筈が……。
「私が入ったクラスに居たの?」
「居ないよ」
……ダメだ。もう、全然無理。
クラスの違う子と、絡んだ記憶が……。
「あ、吹奏楽部だったりした?」
それなら顔を出してた。名前も、そこまで必死には覚えてない。そもそも名簿もなかったし。
「違うよ」
そこまでやり取りして、私は、はー、とため息をついて、琉生を見つめた。
「もう無理みたい……」
「降参?」
「うん……完全に、降参。ごめんなさい」
そう言うと、ふ、と微笑んで、琉生が私を見つめて、それから「謝らなくていいよ」と言う。
「ごめん。思い出して欲しくて、考えてもらったけど。多分、オレだって分かってないんだと思う」
「……どういう意味?」
可笑しそうに笑って、琉生は私を見つめた。
「あのさ、今朝会った場所さ。大きな樹の下。あそこって、あんまり、人に会った事無いよね?」
「今朝……あ、校舎の裏の樹の下?」
「ん」
「無いよ。だって、普通何の用もない所だし。通り道でもないし。だから、私はあそこにいつも――」
そこまで言って。
あ。と、何かを思い出しかける。
二十歳の時の私は、教育実習、母校で頑張ってた。
でもまだ私、毎日、かなりいっぱいいっぱいだった。
生徒達との関わりはたくさん持ちたかったけど、やらなければいけないことの両立が難しくて。
一週間目くらいだったかな。
トイレを装って、職員室から逃げ出して、いつものあの樹に逃げ込んだ記憶がある。高校生の時から、何かあると、私はたまにあそこに行って、あの大きな樹に寄りかかって、心を落ち着ける、ってことをやってた。
多分、昔から、要領悪いのに、頑張りすぎて。
頑張りすぎるせいで、周りとちょっと合わなくなって。
可愛くねえなとか言われるのもそういう時が多かった気がする。
でも、何となく、人前で泣いたりするのは違うと思ってた、よく分からない頑固な私は、一人になりたくて、あそこに行った。
……実習の時。そうだ。あの時――。
「……あの時の、男子生徒……?」
「あ。覚えてる?」
「微かに……」
「もうちょっと、思い出して? 結構話したよ」
琉生は、私を見て、嬉しそうに笑う。
そんな嬉しそうに笑われても。男子生徒がそこに居て。びっくりしたことは覚えてるけど……。
なんでこんな所に居るのって、言った気もする。
「え、あの子、琉生だったの?」
何だかどうしても、記憶の中の男子生徒と、琉生が結びつかない。
だってなんか……あの子は……。
「うん、他にあんまり会った事ないなら、オレだと思うよ」
「……あそこで会ったのは、一人」
一生懸命、記憶をたどる。
あそこ、本当に、誰も通らない所なんだもん。
用務員さんがもしかしたら、樹の虫のチェック位とかには行くかもしれないけど。多分それ以外、誰も用がない、あの場所。
「でも、その子は全然、琉生とは違う感じだったから」
「オレっぽくない?」
「……うん」
思わず、記憶の中の彼と、琉生を、見比べてしまう。
だって、あの子は、そこまでイケメンでも派手でもなくて。
すごくもさっとした前髪の長い感じで。……変な眼鏡かけてたし。もっと細くて、私、もしかして、いじめられてるのかな、だからここに逃げて来てるのかなと思って心配になったんだよね……。
なんか、すごくたくさん励ました記憶だけが残ってて、正直、目の前のこの人とは、全然結びつかないんだけど……。さっき、「目立たないようにしていた」とは言ってたけど、それにしても違いすぎるような。
頭に浮かんでくる、まったく共通しない特徴を思い出すたびに、瞬きの回数が、増えてしまう。
琉生は可笑しそうにクスクス笑って、私の困った顔を見ると、片手で口元を押さえた。……絶対笑ってるけど。
「もうそれ、ほんとに、オレだと思う」
そう言われても、はてなが増すばかり。
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