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第2章「振られた翌日の、悪夢みたいな」

29.「大事な用事」

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「中川先生?」
 
 色々考えすぎて、ぼーっとしていたらそう呼ばれて。
 はっと気づいたら、小山先生の不思議そうな顔が目の前にあった。
 
「あ、すみません」
「大丈夫ですか? 疲れてます?」
「いえ……あの、小山先生」
「はい?」
 
「私、ちょっと話したいこともあるので、また今度……」
「分かりました。じゃあ、また近い内に。部活の予定が決まったら、お知らせしますね」
「じゃあ私も、部活の日程次第で」
「じゃあ、また」
「はい」
 
 私が笑顔で頷くと、小山先生もにっこり笑って、準備室を出て行った。
 
 席に戻って、紙袋を机に置く。
 今日は何となく、余計な荷物を持ちたくないし。本は明日、持って帰ろう。
 そう思って机の引き出しの中に入れてから、ふと、中に入れてくれたというチョコレートだけ、紙袋から取り出した。
 
 可愛い箱に入った、ちょっと高そうなチョコレート。
 包みを開けると、すごく可愛くて、おいしそう。
 
「清水先生、チョコレート、お好きですか?」
 
 一人で食べるのも、と思って、琉生にも聞いてみた。
 ふ、と琉生の視線がこちらに向く。
  
「……チョコですか?」
「今、小山先生に頂いたんですけど。美味しそうなので良かったら」
「――」
 
 あれ。返事がない。
 
「――頂きます」
  琉生はちょっと息をついてから私を見て、そう言った。
 
「? チョコ、嫌いですか?」
「……好きですよ」
  好きそうに見えないんだけど……? 不思議に思いつつ、箱を開けて、琉生に渡す。
 
「ありがとうございます」
 
 ……??  何だか不思議な反応。気のせいかなと思いながらも、手の中のチョコレートの包装を開いて、口に入れる。
 
 あ、このチョコレート、おいしいな。
 
 甘いものって、幸せ。
 色々大変な時でも、自然と笑顔になれる気がする。
 
 ふと、視線を感じて、何気なく琉生の方を見ると、ばっちり視線が合ってしまって、なんだか外せない。
 
「……幸せそうですね」
 
 くす、と笑われる。
 あ。私、ほんとに笑っちゃってたのかと、何となく恥ずかしくて、口元を手で隠す。
 
「中川先生、チョコレート、好きですか?」
「……はい」
 
 そんなに好きそうに見えたのかと、ほんとに恥ずかしい。
 
「清水先生、食べました? おいしかったですか?」
 
 黙ってられなくてそう聞いてみると、ふ、と笑んで頷く。
 
 あ、良かった、笑ってる。
 さっきの反応、いまいちだったから、無理無理渡しちゃったのかなと思っちゃったけど。
 
「良かった」
 咄嗟に勝手に漏れてしまった言葉に、琉生が、え?と私を見つめる。
 
「あ、なんか……あんまりチョコ好きじゃないのかなってさっき思って」
「――ああ、それは……」
 
 言いかけて、琉生は、言葉を止めた。
 
「……何でもないです」
「――?」
 
 何だろ。よく分からない。
 続けて聞くべきか、そのままにするか迷っていた時。宮市先生から、琉生に声がかかった。
 
「清水先生、今日はもう終わり?」
「えーと。終わりですか?」
 
 琉生が私に聞いてくるので、はい、と頷いて見せると。
 
「終わりです」
 
 琉生が答えると、宮市先生がちょっと嬉しそうに笑った。
 
「飲みにでも行く? 今日はまだ早いし」
「あ、今日は大事な用事があるので。また今度、是非」
「そっか。なんだかなあ。教え子が同僚で、一緒に酒が飲めるとか、オレは楽しい」
「そうですね。これからいくらでも」
 
 楽しそうに笑って、琉生が宮市先生と話している。それを何となく聞きながら。
 ――うん。こういう時にさ。
 今日は「大事な用事が」とか言ってくれる人って、多分、優しい。
 
 そんな些細なとこでも、絶対モテるだろうなって、思って。
 ……無理だなって思っちゃうんだよね。
 
 てことで、千里―。どう考えても、無理そうだよー。
 保健室の千里に念を飛ばしてみる。って。届かないけど。


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