35 / 105
第2章「振られた翌日の、悪夢みたいな」
23.人たらし
しおりを挟む「以上です」
琉生が教科書を閉じる。私は時計を見て頷いた。
「大体五十分ですね。時間も完璧――何だか、清水先生、教えること、あまりないですね」
すごいなあと、思わず本気で感心してしまう。
「ありがとうございます」
クスクス笑いながら、琉生が言って、自分の書いた黒板を振り返る。
「中川先生の所から、ここら辺の字って、読みやすいですか?」
「んー……見えると思いますけど。眼鏡をかけても視力が弱い子は、前に座るようにするので……でも、小さい字はもう少し大きく書いても良いかもですね」
「これくらいですか?」
少し小さい字の横に、大きめに書き直した文字を見て、頷く。
「良いと思います」
「分かりました」
んー、と、黒板を見てる。
何とか二人きりの、授業の練習は無事終わりそう。
ていうか。この人、ほんと、優秀なんだろうなあ。
注意したいことが、あんまり見つからない。
ほんとはもっと、アドバイスとかしてあげた方がいいと思うんだけど。そう思いながら、あ、と思いついたことを話し始める。
「あとは、生徒の顔を見ながら、進めてあげられたら良いかなと」
「顔ですか?」
「あとで、数学がすごく得意な子、普通にわかる子、苦手な子を何人かずつ教えますね。数学が得意な子をまず確認して理解してるかを見て。その子が理解してたら、また別の子。最後は、数学が苦手な子が、分かった、て顔をしてくれるまで待ちたいんですけど―― なかなか全員が分かるまではいけないことも多いですけど」
「なるほど……」
「まあでも、そういう時は、補習です」
「ああ……補習」
琉生が、クスクス笑う。
「塾に行ってる子も多いんですけど……行ってても、数学がどうしても苦手な子って結構居るんですよね」
「オレもその補習は参加しても良いですか?」
「――はい。忙しくない時はぜひ。でも新任の先生は色々やることがあって大変だと思うので、無理しないでくださいね」
申し出はありがたいけど。一緒に居る時間がまた増えちゃうな。まあ補習の時は生徒が一緒だけど。まあそれに、本当に新任の時って、忙しいし。
そう思って、言った言葉に、琉生は、ふ、と笑った。
「時間は作ります。オレ、要領だけはいいので」
「要領だけはって……そんなことはないと思いますけど」
ちょっと笑ってしまう。
「良いですね、要領いいのって、良いことだと思います。私、要領悪くて、新任の時なんてほんと大変だったので」
「――」
あ。なんか自然と愚痴っちゃったみたいな感じかな。後輩の一日めになぜ私のほうが、と、思わず、口元を押さえてしまう。何だかな。余計な事言っちゃうな。
すると、一瞬黙った琉生が、ふと笑んだ。
「中川先生は、要領が悪いんじゃなくて一生懸命なんじゃないですか? オレは、適度に手を抜くのがうまいので、そんな自慢できないです」
琉生がクスクス笑いながら、そんなことを言う。
――私のこと、そんなには知らないのに。
一生懸命かどうかも知らないし。ただただ、ほんとに私が要領悪いだけかもしれないし。って実際、要領悪いと思ってるけど。……まだ琉生は、何も知らないのに。
なんか、こんな風に自然に言ってくれるって。
本当に、この人は、「人たらし」な気がするなあ。
しかもそのキレイな顔で、優しい声で、自然とそんな風に言うって。
うーん。ちょっと、タチが悪いと言うか。私にはとても、太刀打ちが出来なさそうで、ちょっと、勘違いしないように気を付けないと。しっかりしなきゃ。
そう思いながら。
なんだか、先が思いやられる、気がする。
2
お気に入りに追加
589
あなたにおすすめの小説
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
初恋の呪縛
泉南佳那
恋愛
久保朱利(くぼ あかり)27歳 アパレルメーカーのプランナー
×
都築 匡(つづき きょう)27歳 デザイナー
ふたりは同じ専門学校の出身。
現在も同じアパレルメーカーで働いている。
朱利と都築は男女を超えた親友同士。
回りだけでなく、本人たちもそう思っていた。
いや、思いこもうとしていた。
互いに本心を隠して。
【完結】巫女見習いの私、悪魔に溺愛されたら何故か聖女になってしまいました。
五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
※本編、番外編共に完結しました。
孤児院で育ったサラは、巫女見習いとして司祭不在の神殿と孤児院を一人で切り盛りしていた。
そんな孤児院の経営は厳しく、このままでは冬を越せないと考えたサラは王都にある神殿本部へ孤児院の援助を頼みに行く。
しかし神殿本部の司教に無碍無く援助を断られ、困り果てていたサラの前に、黒い髪の美しい悪魔が現れて──?
巫女見習いでありながら悪魔に協力する事になったサラが、それをきっかけに聖女になって幸せになる勘違い系恋愛ファンタジーです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
オフィーリアへの献歌
夢 浮橋(ゆめの/うきはし)
恋愛
「成仏したいの。そのために弔いの歌を作ってほしい」
俺はしがないインディーズバンド所属の冴えない貧乏ギタリスト。
ある日部屋に俺のファンだという女の子……の幽霊が現れて、俺に彼女のためのオリジナルソングを作れと言ってきた。
祟られたら怖いな、という消極的な理由で彼女の願いを叶えることにしたけど、即興の歌じゃ満足してもらえない。そのうえ幽霊のさらなる要望でデートをするはめに。
けれど振り回されたのも最初のうち。彼女と一緒にあちこち出掛けるうちに、俺はこの関係が楽しくなってしまった。
――これは俺の、そんな短くて忘れられない悪夢の話。
*売れないバンドマンと幽霊女子の、ほのぼのラブストーリー。後半ちょっと切ない。
*書いてる人間には音楽・芸能知識は微塵もありませんすいません。
*小説家になろうから出張中
英国紳士の熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです
坂合奏
恋愛
「I love much more than you think(君が思っているよりは、愛しているよ)」
祖母の策略によって、冷徹上司であるイギリス人のジャン・ブラウンと婚約することになってしまった、二十八歳の清水萌衣。
こんな男と結婚してしまったら、この先人生お先真っ暗だと思いきや、意外にもジャンは恋人に甘々の男で……。
あまりの熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです。
※物語の都合で軽い性描写が2~3ページほどあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる