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第2章「振られた翌日の、悪夢みたいな」
23.人たらし
しおりを挟む「以上です」
琉生が教科書を閉じる。私は時計を見て頷いた。
「大体五十分ですね。時間も完璧――何だか、清水先生、教えること、あまりないですね」
すごいなあと、思わず本気で感心してしまう。
「ありがとうございます」
クスクス笑いながら、琉生が言って、自分の書いた黒板を振り返る。
「中川先生の所から、ここら辺の字って、読みやすいですか?」
「んー……見えると思いますけど。眼鏡をかけても視力が弱い子は、前に座るようにするので……でも、小さい字はもう少し大きく書いても良いかもですね」
「これくらいですか?」
少し小さい字の横に、大きめに書き直した文字を見て、頷く。
「良いと思います」
「分かりました」
んー、と、黒板を見てる。
何とか二人きりの、授業の練習は無事終わりそう。
ていうか。この人、ほんと、優秀なんだろうなあ。
注意したいことが、あんまり見つからない。
ほんとはもっと、アドバイスとかしてあげた方がいいと思うんだけど。そう思いながら、あ、と思いついたことを話し始める。
「あとは、生徒の顔を見ながら、進めてあげられたら良いかなと」
「顔ですか?」
「あとで、数学がすごく得意な子、普通にわかる子、苦手な子を何人かずつ教えますね。数学が得意な子をまず確認して理解してるかを見て。その子が理解してたら、また別の子。最後は、数学が苦手な子が、分かった、て顔をしてくれるまで待ちたいんですけど―― なかなか全員が分かるまではいけないことも多いですけど」
「なるほど……」
「まあでも、そういう時は、補習です」
「ああ……補習」
琉生が、クスクス笑う。
「塾に行ってる子も多いんですけど……行ってても、数学がどうしても苦手な子って結構居るんですよね」
「オレもその補習は参加しても良いですか?」
「――はい。忙しくない時はぜひ。でも新任の先生は色々やることがあって大変だと思うので、無理しないでくださいね」
申し出はありがたいけど。一緒に居る時間がまた増えちゃうな。まあ補習の時は生徒が一緒だけど。まあそれに、本当に新任の時って、忙しいし。
そう思って、言った言葉に、琉生は、ふ、と笑った。
「時間は作ります。オレ、要領だけはいいので」
「要領だけはって……そんなことはないと思いますけど」
ちょっと笑ってしまう。
「良いですね、要領いいのって、良いことだと思います。私、要領悪くて、新任の時なんてほんと大変だったので」
「――」
あ。なんか自然と愚痴っちゃったみたいな感じかな。後輩の一日めになぜ私のほうが、と、思わず、口元を押さえてしまう。何だかな。余計な事言っちゃうな。
すると、一瞬黙った琉生が、ふと笑んだ。
「中川先生は、要領が悪いんじゃなくて一生懸命なんじゃないですか? オレは、適度に手を抜くのがうまいので、そんな自慢できないです」
琉生がクスクス笑いながら、そんなことを言う。
――私のこと、そんなには知らないのに。
一生懸命かどうかも知らないし。ただただ、ほんとに私が要領悪いだけかもしれないし。って実際、要領悪いと思ってるけど。……まだ琉生は、何も知らないのに。
なんか、こんな風に自然に言ってくれるって。
本当に、この人は、「人たらし」な気がするなあ。
しかもそのキレイな顔で、優しい声で、自然とそんな風に言うって。
うーん。ちょっと、タチが悪いと言うか。私にはとても、太刀打ちが出来なさそうで、ちょっと、勘違いしないように気を付けないと。しっかりしなきゃ。
そう思いながら。
なんだか、先が思いやられる、気がする。
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