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第2章「振られた翌日の、悪夢みたいな」
19.もーなんかもー。
しおりを挟む「清水先生、いらっしゃい。秋坂です」
「秋坂先生。よろしくお願いします」
言葉を交わした後、千里が何秒か黙って、琉生を見上げている。
ひぃやーー、千里、お願いだから何も言わないで。
ダッシュで逃げたい気分に襲われながら、顔だけは頑張ってポーカーフェイスを保ったまま、その様子を見守っている。……本当なら私も入り口に行かなきゃいけないんだろうけど、普通なら絶対そうなんだけど、正直、なんだか立ち上がれない……。
「清水先生、イイ男ですね?」
「そうですか? ありがとうございます」
「モテます?」
ちーさーーーとーーーー。
「そんなにモテないですよ」
「――嘘ですよねー」
あははは、と千里が笑い、琉生は、ほんとですよ、なんて言って笑い返している。
「私はもう結婚してるので、清水先生がイイ男でも関係ないんですけど」
「そうなんですね」
千里も琉生も、何だかクスクス笑い合っている。
なんか。会って数十秒で、仲良しな感じの雰囲気に見えるけど。でもなんか、ちょっと怖い……。
「中川先生は、結婚してないからさ」
「知ってます」
ちーーーさーーーとってばー。
何の会話なの。どんな会話なの。もうもう。
「――誰か、琴葉の王子様になってくれるといいんだけど」
そんなとんでもないセリフに、どう思ったのか、今までぽいぽい返していた琉生は、遂に少しだけ黙った。
「……王子様、って」
言いながら、琉生はその時初めて、私に視線を流した。
くす、と笑われる。
すると、千里は、ふーん、と意味ありげに呟いた。
「まあ、私が男だったら、なってあげたかったんだけどねー」
「え?中川先生の王子様にですか?」
「そうだよ?」
千里が面白そうにクスクス笑って、頷いてる。
「それは、無理ですね」
「無理だよね、私は女だし、結婚してるし」
「そうですね」
ほんと何の話なの。
もう私、なんだか、泣きたいけど。
「オレは、結婚もしてないし、男なので……いけますか?」
「――へえ、そうくる? 面白いね、清水先生」
「そうですか? 秋坂先生も面白いですけど」
またクスクス笑い合ってる。
「あ、入る? 中川先生に用事ですよね?」
「あ、はい」
ふ、と笑って、琉生が中に少し入ったところで立ち止まり、私を見つめてにっこり笑った。
「ご飯食べ終わりましたか?」
「あ、はい……」
キラキラの笑顔とオーラに、何だか引いてしまいながら、頷くと。
「授業の練習してもらえるって言ってたので、早くやりたくて、迎えに来ちゃいました」
「――あ、そう、なんですね」
あ、なんか少し可愛い話し方。
でも、琉生と話してる内容自体は普通の事なんだけど、目の端に映る千里が、超楽しそうすぎて。会話がうまくできてる気がしない……。
もう……千里……。
「あの、清水先生」
「はい」
「色々準備してから、行くので準備室で待っててもらえますか……?」
「あ。はい、分かりました」
頷いて、琉生が私に微笑む。
「じゃ――秋坂先生、失礼しました」
琉生が千里に視線を向けて笑顔で、そう言うと。
「清水先生」
千里が、呼ぶ。
「色々期待してますね」
千里がにっこり微笑んでそう言うと、琉生はまっすぐ千里を見つめ返した。
「色々ですか? ――何だろ、色々」
琉生は言いながら、クスクス笑って。
「――頑張りますね、色々」
千里に向けてそう言って、にっこり笑った。
「はい。じゃあ、また」
千里が手を振って、琉生を送り出す。ドアが閉まって――千里が、私を振り返る。
なんか、ものすごく楽しそうに、めちゃくちゃ笑いながら。
「千里、もーなんかもー」
「んんー?」
クスクス笑う千里に、何も言葉が出なくて。
「……もー、ちさとーーーもーーー」
――語彙、すべて、喪失。
そもそも何が言いたいんだか、自分でも全然まとまらない。
何が言いたいんだろう私。
とにかく、千里と清水先生の会話が、何だかよく分からなくて。
もう、ほんとに何なのか……。
「なーんか。年下と思えない感じ。落ち着いてるね」
「……うん。四つも年下とは思わなかった……」
「なんか、ちょっと……いや、やっぱり、すっごく、面白そう」
……面白そう……って???
千里を見つめると、千里はほんとに楽しそうに笑いながら私を見つめ返してくる。
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