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第2章「振られた翌日の、悪夢みたいな」
18.失恋前提で。
しおりを挟む「まあでも、あれだね」
少しの間、黙って食べていた千里が、そう言って私を見た。
「ん?」
「あれだけイケメンでそっちもうまいとか、モテるのはそうだろうから、付き合ったら大変かなあ? しかもゆきずりでそんなことするタイプじゃね」
「うん。そうだね」
あんな風に誘うのは初めてって、言ってたような気がするけど。まあ、そんなはずないだろうし。それは千里には言わないまま、おにぎりを食べていると。
「でも、何で清水先生は、琴葉を誘ったんだろ。相手には困らなそうなのに」
「さあ? 泣きそうな顔で一人で飲んでたから、かなあ?」
「いやむしろ、普通、泣きそうなのなんて面倒くさいでしょ」
「そう?」
そうなのかな、と首を傾げると、千里が頷く。
「一人で飲みながら、ただ誘われるのを待ってる女を誘うなら分かるけどさ。一人で泣きそうな女なんて、私が男なら絶対誘わないけど……だって、泣かれるかもよ?」
「あ、確かにそうだね。面倒かも」
二人で顔を見合わせる。
「じゃあなんでだろうね? 琴葉が泣きそうには見えてなかったのかな?」
「んー……? あ、ううん、泣いてるのかと思ったって言ってたよ」
「ええー泣いてるかと思う女のとこに、わざわざ行くって何? 奇特な人だね」
「うーん? 奇特なのかな」
昨日そこらへん酔ってて、ポワンポワンしてて、いまいちはっきり……。
「何て誘われたの? 一晩どう?とか?」
「うわあ。それ言われたら、絶対無理だった」
「だろうね」
千里が可笑しそうに笑う。
「じゃあなんて言われたの?」
「えっと……帰って一人で泣くか、オレに一晩甘えるか選んでって」
言った瞬間、千里はぽかんと口を開けた。
それから。
「うわ。なにそれ。王子か!」
「千里……」
笑ってしまう。
「一晩甘えるかって……すごいセリフだね」
「そう、だね。よく考えたら、すごいね」
「うーん……琴葉じゃ太刀打ちできないかなあ?」
「できないね」
二人で顔を見合わせて、苦笑い。
「でも、甘えさせてくれた?」
「うん……そう、だね」
恥ずかしくて、少し、俯いてしまう。
ていうか。
思い出すと、だめだ、どんどん――。
「うわー、琴葉真っ赤」
かわいいー、とヨシヨシされてしまう位、真っ赤になってしまう。
「私、こんなんで平常心、どうやって保てば……」
顔を抑えて、そう言うと、千里は「うーん」と苦笑い。
何とかお昼を食べ終えて、お茶を一口、ふうと息をついたところで、千里が私を見つめる。
「まあさ、琴葉。しょうがないよ、ゆきずりと思ってた王子と再会とか、もう、狼狽えるのもしょうがない。多分その内、この状況に慣れてきたら、心拍数も上がらなくなるはずだから」
「……そうだね。その内、落ち着くよね」
うんうん、と縋る想いで頷いていると。
「まあさ、それ以上に恋しちゃったりしたら、上がりっぱなしになる可能性もあるけど」
「――恋しちゃう?」
「だって琴葉が身を任せた人だよ? そんなの絶対しなそうな琴葉がさ。もうこれから恋しちゃってもおかしくないんじゃないの?」
「……だからさー。もうさー……しばらく、恋、いいよ」
そう言った瞬間、千里が私をまっすぐ見つめてくる。
「ダメだよ。 何なら清水先生と恋して、結局ダメになったとしたって、しないより良いかもよ? そうやって、もういいよ、とか言ってたら、チャンスも逃しちゃうから」
「――」
「別に失敗したっていいと思うよ。 まあ、清水先生に限らず、良い人居たら、頑張って」
「……またすぐ失恋したら?」
そう聞くと、千里はにっこり笑った。
「憂さ晴らし付き合うから」
「それは嬉しいけどー」
うーん。なんかハイペースで失恋してくのも、どうかと……。
ああ、何で私、失恋前提で考えてるのか。
だめだよね、このネガティブを吹き飛ばさないと、うまくいくものもいかなくなっちゃうよね。うん。
「――良い人、居たら。頑張ってみるよ……一応」
一応が、どうしても、最後についてしまった。
最後の所で、千里が苦笑い。
その時、コンコン、と保健室のドアがノックされた。
「はーい」
「すみません、新任の清水です」
え、と、二人で顔を見合わせて。
次の瞬間、千里がめちゃくちゃ笑顔で、はーい、と立ち上がって、ドアの方へ歩いて行った。
ううぅ。千里の笑顔が、なんだか怖いなんて、初めて。
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