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第2章「振られた翌日の、悪夢みたいな」

15.優しいと無神経

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 ――ていうか。私、本当に今夜。話すのか……。
 話すと思うだけで、こんなに、心臓がバクバクするのに。 普通に話せるかな……?

 ああ。その前に、授業の練習しなきゃ……。
 なんか今日の午後。まだまだ色々、あるなぁ。

 とにかくお昼に千里に話して。少しでも、平静を取り戻さなきゃ!
 思った時、だった。

「中川先生」
 隣の水道に、春樹が並んだ。
 同じ学年、同じ階。なので。会う事もある。分かってる。ちゃんと覚悟はしてた。けど。
 何で隣に来るかな。どうして、昨日の今日で、普通に話しかけるかな。

「――――」

 何も言えなくて、雑巾を絞って握り締めたまま、春樹に少しだけ視線を向けると。

「あの……大丈夫?」

 ――大丈夫? ……な、訳。無いじゃない。
 ああ、そうだ。こういう人だった。

 優しい。無神経。でも優しい。
 きっと、声をかけずにいられなかったんだ、優しいから。
 私が大丈夫か、心配なんだよね。優しいから。

 でも――無神経なんだよね。

 今、声をかける事が。しかも、こんな周りに生徒も居て。
 私が大丈夫じゃ無くたって、何も言えるような所でもないのに。

 こんな所で。
 大丈夫、なんて聞いちゃうんだよね。

 優しいと無神経って……。
 こんな時は、圧倒的に、無神経が勝つんだなあ……。

 はー、とため息。
 無言で、春樹に背を向けようとしたら。

「中川先生」

 また呼ばれる。
 もう。何で、呼ぶの……。

「もっとちゃんと話したほうがいいかと思って」

 何を。話すんだろう。
 ほんと――意味、分かんない。

 六年。この人と居て。
 一生。この人と居ようと思ってたのに。
 一晩で、こんなにも、冷めるものなんだろうか。もう、哀しい位。
 
 その時。

「中川先生」
 今度は琉生の声がして。振り返ると、琉生は春樹に会釈しながらやって来た。

「清水です。よろしくお願いします」
「あ、森本です。よろしく……」

 なんて。挨拶をしあっている……。
 一応さっき職員室で学年の先生達とは顔を合わせたのだけれど、直で向かうのは初だから、そう言ったんだと思う。思うんだけど。

 琉生は、私と春樹の真ん中に割り込んで、雑巾を洗い出した。

「中川先生、あの後、高い所の棚、全部拭かされましたよ」
「え? あ。そう、なんですか?」
「はい。もう雑巾真っ黒になっちゃって」

 クスクス笑いながら、私を振り返る。

「すごくキレイになったんで、見てください」

 琉生は雑巾を洗い終わると、私にそう言った。

「じゃあまた、森本先生。失礼します」

 琉生が春樹にそう言ってから私に、行きましょ?と言った。
 私は、頷いて。琉生と一緒に歩き始める。……春樹と、離れて。

「――――」

 なんか。すごく。……真ん中に、割り入ってきたような。
 困ってたのが分かって、助けてくれたって訳じゃない、よね? まだ春樹だってバレてはないよね?

 ちら、と琉生を見上げてしまうと、琉生は、何も言わず、微笑んで見せる。

 ドキ。
 ……って、違う違う、このドキは。

 きっと誰でもこの人に見つめられたらそうなるだろうなーっていう、普通のドキ、だと思う。しかも私、あんなことしちゃったし……。

 別に、好きだとかそんな感情は、無い。
 ていうか、あっちゃだめだし。

 このドキって、いつ、無くなって、
 平常心でいられるかな。

 なんか、春樹のこともあるし、池田先生ともこれからまた絡まなきゃいけないし、琉生のことも……。しかも、ただでさえ疲れる新学期だし。

 普段の何倍も、神経が擦り減っていく気がする。

 今日は琉生と話すからしょうがないけど、
 もう、学校に全然関係のない友達と、ぱー、と、飲みに行きたい。
 いや。行こう。
 今週の金曜日に―― ってだめだ、土曜実家だ……。

 忘れてたわけじゃないけど……。
 なんか色々衝撃すぎて、頭から飛んでた。


 ああもう、実家もどうしよう。何て言おう。むこう、全員勢ぞろいなんだった。



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