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第2章「振られた翌日の、悪夢みたいな」

11.逃げたい……

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 悪夢みたいな朝礼が終わって。すぐに校長に呼ばれてしまったので、千里とは何も話せないまま別れた。校長も交えて新しい先生達と話した後で、琉生と二人で、数学準備室にやってきた。他の学年の数学の先生達はまだ居なかったので、二人きり……。

「し……清水先生」
 思い切って、後ろに立ってる、琉生を振り返った。

「はい」
 にっこり、王子様スマイル。

「ここが、数学の準備室で。……せ、んせいの机は、そこで……」
 なんだかすごく、言葉がつっかえるというか、スムーズに出てこないというか。もう。ダメな感じ。

「はい。数学の準備室は知ってます。というか、学校の事は知ってますよ」
「そ、ですよね、……ここ、出身なんですよね」
「はい」
 彼は、ふわ、とした笑顔で、頷く。

「席は、中川先生の隣ですか?」
「そう、です」

 私は、耐えられなくなって、琉生を見上げた。

「あの」
「はい?」
「昨日のこと……」
「はい」

 彼は、くす、と笑った。

「……無かったこと、に……してもらえませんか……?」
「――」
「私、酔ってて。……あ、酔っててもダメだけど、羽目外しすぎて……」

 言っていると、昨日の自分を思い出して、真っ赤になってしまう。

 もう二度と会わないと思ったからこそ、身を委ねた。
 一晩限り。初めての。
 正直なところ、酔ってたせいじゃない。むしろ、自分の意志で、決めたんだ。琉生と過ごすこと。
 でも、そんなの、今となっては余計にちゃんと覚えてて、かなりきつい。

 あんな風に乱れた相手と、職場で翌日再会……。違う、翌日どころか、朝まで一緒だった。三時間ぶりに再会。しかも数学の教師で、直接指導しなきゃいけなくて、しかも担任と副担任の関係で。
 こんな事になるって分かってたら、絶対、昨日ついてってないのに。て、当たり前……。

「無かったことにっていうのは都合がいいかもしれないんですけど……ただ、お互いここで教師をするなら」
 ああ、もう。どう言ったら……。
 困っていると、琉生が、「あ。そうだ」と言った。
 彼は、鞄を開けると、財布を取り出して、一万円札を取り出した。

「これは要らないから、返します」
「これ、は、受け取ってもらって。それで忘れてもらえませんか……?」

「んー。どうしようかな」

 ……距離が、近い。
 至近距離で見つめられて。
 そのキラキラの瞳が、ふ、と緩んだ。

「とりあえず、昨日はオレが誘ったんだし。これは返させてください」

 手に触れられて、そっと渡される。

「それから。――もったいないので、忘れるつもりはないです」

 もったいない……??
 なんだかもう、くらくらしてくる。なんて答えたらいいのか、全然分からない。

「でも、学校ではこの件に関して話すのは、最後です。けじめはつけます。誰にも言いませんし、迷惑はかけませんし、迫ったりも、しません」
「――――」
「新任の数学教師として、普通に厳しく指導してください」

 にこ、と微笑まれて、ますます何と答えたらいいか分からないまま、目の前の綺麗な瞳を見つめてしまう。
 新任の数学教師として、普通に厳しく指導。
 そんな事、できるかな?? 

 ――でも、しないといけないんだ。
 ……しなきゃ。

「わ、かりました。ちゃんと、指導、します」

 自分に言い聞かせるように、何とかそう言うと。
 琉生が、ふ、と笑った。

「あと、今日、話をしませんか?」
「――――」
「仕事終わったら、昨日のバーに、行きませんか? オレ、昨日の支払いも行かないとですし。店のマスターも、気にしてると思うので」
「――――」

 昨日のバー。
 ……マスター。
 もう二度と行かない場所だって、思ってた、けど――。

「もうこれ以上、学校でこの件を話さないためにも、オレと、ちゃんと話しておいた方が良くないですか?」

 琉生が綺麗に微笑んで、私をまっすぐ見つめる。
 かなり、色々グルグル考えた後、私は頷いた。
 確かにそうかもしれない。一回、ちゃんと話したほうがいいかも。
 だって明日からもずっと、学校で、他のどの先生よりも、ずっと一緒……。

「……分かり、ました」
 そう言うと。
 彼は、にっこり笑った。

「お金は、しまっちゃってください」
「じゃあ、今日の飲み代に、しますね」

 私がそう言うと、琉生は、んー、と少し困った顔をして。
 それから、くす、と笑った。 

「それもまたあとで話させてください」
 琉生が言った時、ドアが開いて、他の先生達が入ってきた。

「あ! 清水先生よろしくー」

 一番気さくな加藤先生が大きな声で言うと、琉生は、振り返って、よろしくお願いします、と笑った。
 他の先生達と話している琉生から少し離れて、自分の席で、出席簿やプリントなどを用意する。
 予鈴が鳴るまで、あと十分。
 疲れ果てて椅子に座って、ため息をついた所で、軽く挨拶をし終えた琉生が隣にやって来た。

「オレ、ここですよね」
 何も置いていない綺麗な机。頷くと、琉生が隣に腰かけた。
 ――――姿勢が、綺麗。昨日も思ったけど。
 
「清水先生」

 今日の予定、話さないと。と思って。
 心を最大限に落ち着けてから、呼んだのだけれど。

「はい?」
 ニッコリ笑まれて、まっすぐ見つめられると。

「――――」

 一気に、走って保健室に逃げたくなった。


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