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第2章「振られた翌日の、悪夢みたいな」
9.ギリギリ社会人。
しおりを挟む間もなく、朝礼が始まった。
校長の隣に、彼が居る。
「清水 琉生と申します。数学を担当します」
琉生は、通る声でそう言って、一度言葉を切った。
隣で千里が、「超イケメンだね」と私だけに聞こえるように囁いた。もはや、反応も出来ない私……。
「この学校は母校なので、四年前までお世話になっていた先生方もたくさん居ます。今度は同じ教師として、厳しく……やっぱり少し優しく、ご指導ください。よろしくお願いします」
そんな挨拶。
ここの、学生だったんだ。私と一緒か……。
今の挨拶を聞いてる、他の先生達の態度を見てると、多分在学中も、可愛がられていたんだろうなあという雰囲気。
少し優しく、の所で、先生達から笑いが零れてる。
良い雰囲気……。
とか言ってる場合じゃないんだよう、わたしー!!
この高校出身で、大学生をこないだ終えたばかりの、新人の先生と、
(しかも他の先生方に可愛がられてそうな……)
四つも年上の私が。始業式の朝まで、一緒に、居たなんて。
バレたら…………。
どうなるんだろうと恐ろしくて、考えたくもない。
いくらこの学校が、教師同士の恋愛を、認めてくれていたって。
例えば春樹と私なら、別にバレたとしたって、そうなんだー位で終わったかもしれないけど。
琉生と私、とかって……!
絶対私が、なにかよからぬことをして、だまして、可愛い純粋な王子を……!!
うわーん、もう、本当に、どうしよう。
私、教師なのに。
五十人も、生徒を持つ、担任の先生なのに!
って、落ち着いて。
……多分、琉生も、バレて良いことはないから、バラしたりはしない筈。
てことはあとは……何をどうしたらいいんだろう。
他の先生の自己紹介が続いているけれど。
全くといっていいほど、耳に入ってこない。
私、昨日、あそこに立ってる、あの人と。
変な汗が、背中を伝う。
いやいやいや、大学生……? いや、ギリギリ社会人だよ。そう。で、だから、数学の先生ってことは、私が指導する予定の新人の先生は、琉生。てことは……私のクラスの副担任も。彼。
どうしよう……??
隣の千里を縋る想いで見つめるけれど、千里は不思議そうな顔で首を傾げるのみ。早く、千里と話したい……。
「中川先生」
不意に校長の声が耳に飛び込んできた。
「は、ははい!!!」
変な声が出た。先生達が目を丸くして、私に視線を向けた。
隣の千里は、クックッと声を押し殺して笑いながら、
何してんの、琴葉……。
囁いてくる。
校長の横で、琉生は、私を見て、くす、と笑ってる。
昨日と同じ、優しい感じの、笑みで。
「中川先生が、清水先生の指導を担当します。ベテランの先生なので、なんでも聞いて、頑張って下さい」
「はい。よろしくお願いします」
私に向けて綺麗に頭を下げて、琉生は、最後にまたにっこり笑った。
かろうじて私が、頷いたところで、次の物理担当の先生の紹介に移る。
そこからもう、何も耳に入ってこない。
そうよ、私もう、ベテランだよ。
ベテランの先生なのに、大学卒業したての、男の子と……っっ。
もうなんか、冷や汗みたいな汗が止まらない。
手もじっとりしてて、気持ち悪い。
ち、ちさと……。
隣の千里に顔を向けて、じっと見つめる。
「……??」
さっきよりも更に不思議そうな顔をして、千里が私を見てる。
……分かる訳ないけど、一刻も早く、このこと、訴えたい。
さっき話した王子様が――清水琉生先生だって。
私と一緒に今すぐ叫んでほしい。でもダメだ、当たり前だけど、ここで叫ぶわけにはいかない。
後で、保健室に行ってから。昼になったら。
ていうか、私、昼まで耐えられるかな。
無理かな。
無理じゃない?
だって昼までの間に。
副担の琉生と、クラスに行って。
ホームルームとかも全部、一緒で……。
職員室の席も隣だし、数学準備室の席も並んで準備したし。
ああ、もう、平常心保てる自信が、これっぽっちもない……。
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