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第2章「振られた翌日の、悪夢みたいな」

7.何でここに?

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「琴葉」

 呆然としたまま、目の前に居る人を見ていると、より近づいてきて、その手が頬に触れた。
 触れて香る程度の微かな、甘い香りは、昨日の記憶を、一瞬でよみがえらせた。

「琉生……」
 その顔を見上げて、見つめあうけど、その存在が信じられない。

「なんで? ……夢?」
 思わず言った最後の一言に、目の前の形の良い唇が、ふ、と笑んだ。

「違うよ。ちゃんと、居るよ」

 親指が、頬を擦った。
 その感触は、確かに、ちゃんと、今、感じるもので。
 夢じゃないのは一応分かってたけど。信じられなかったから、言ってしまっただけで。

「何で、ここに、居るの?」

 部外者が、入れるとこじゃないし。
 この場所だって……ほんとに誰も、来ないとこ、だし――――。

「オレ、今日から、ここの教師だから」
「――――」

 え? 今、何て???
 ここのきょうし? 今日から? ここの、教師……?
 呆然としたまま、頭の中で繰り返していると。

「数学の教師」
「……すうがく、の……?」

 ……え???
 全然、意味が、わかんない。

「す……」
 すう、がくって言った? 聞きたいけど、声がちゃんと出てくれない。

「……す??」

 琉生が私の真似をしてそう言って、クスクス笑いながら私を見下ろす。

 この人。昨日感じたよりも、背、高いかも。
 歩いてた時は、ちょっと酔ってたから、よく分からなかった。

 髪の毛の色、こうしてお日様の下で見ると、まさに栗色という感じの、本当に綺麗な色。艶々してて。
 瞳は……これが、ヘーゼルっていうのかな? おひさまの光の中だと、茶色に少し緑がかって見える。ハーフなのかな? 昨日もちらっと思ったけど、お店やホテルの薄暗い灯りの下での何となくの色だったから。……こうして見ると、肌も綺麗すぎ。

 現実が受け止められないままに、綺麗な色に、ぽうっと、見惚れていた私は。
 突然、はっと気付いた。

 見惚れてる場合じゃないよね?
 絶対、違う。

 …………………。

 え、じゃあ今、どうしたらいい時???
 数学の教師って。
 今日から数学の教師って……。

 え?
 まさか、私の、指導する人って……????

「今日から、よろしくお願いします、先生」

 琉生はくす、と笑った。

「後でちゃんと説明するから。とりあえず、職員室に、行きませんか?」
「え。あ、うん……行く」

 昨日と同じように。
 腕を優しく掴まれて、引かれる。
 もう。意味が、分からなかったけど。

 とにかく、またしても、この人の出現で。
 完全に、私の涙は、引っ込んだ。
 


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