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第2章「振られた翌日の、悪夢みたいな」
5.最大限で。
しおりを挟む保健室を出て、職員室に戻る途中。
前方の社会科準備室から、さっそく、強敵が出現しちゃった。
――春樹。
早めに出勤したから、まだ時間はある。
まだこっちに気付いていないから、今ここで迂回することも可能だけど。
でも。
……ずっと逃げている訳にはいかない。
どうせ、すぐ会うんだから。
昨日、春樹から離れた時の私じゃないはず。
泣くのをただ堪えてた、私じゃない。
がんばれ、私。
は、と息を整えて。春樹の所に向かう。
「おはようございます」
そう声を掛けたら、春樹が驚いたように振り返って、私を見た。
「あ、琴葉……」
そう言った。――何。琴葉って。すっと、私の心が冷たくなった。
今まで、一度も職場で呼んだこと無かったのに。
バカだな。……うろたえすぎだよ、春樹。
「森本先生、おはようございます」
私は、自分でも驚くくらい、冷静に、声を出せた。春樹が、狼狽えてるから。そうなれたのかも。
「……おはよう、ございます」
私が、まっすぐ見つめてくるのが不思議なのか、春樹は、戸惑った声でそう言う。
元カレ。元婚約者。
……あれ。この人って、こんな顔だっけ。
恋とか。好きとか。そんな気持ちが解けたら。
何だか、全然知らない人みたいに、見えた。
昨日まで、一生一緒だと、思っていた人なのに。
「――――」
まっすぐに、春樹を見つめた。
私ね。……昨日、ただ泣いてた訳じゃないんだよ。
あなたより、多分、めちゃくちゃ上手な人と、一晩過ごしたの。
素敵な夜だった。
そのおかげで、泣かずに、こうして、あなたの前に居られる。
……そう言ったら。傷つくかな。
――千里が言ったみたいに、痛い目、見せれるかな……。
そんな風に、ちらっと嫌な気持ちが浮かぶけど。でも、そんなことをしても、何の意味もない。
言わない。
ほんの少しの間、無言で見つめ合っていたら。
社会科準備室のドアが開いて、「待ってくださいよー」という甘い声。
うわ。……ラスボスも登場、だ。
私が春樹と向かい合ってるのを見た池田先生は、あ、と止まって。それから。
「中川先生、おはようございますー」
春樹の隣に並んで、甘い声で私に挨拶する、多分こうなってしまった「元凶」。でも、元凶がこの人でも、そうなることを決めたのは、春樹だし。この人を、責める気は無い。
「池田先生、おはようございます」
この上なく、にっこりと、笑顔で挨拶をしてみせる。
多分、二人は、そんな風に来るとは思ってなかったんだろうと思う。
言葉に詰まってる。
並んだ二人のその表情を見て。ますます気持が冷めた。
この感じだと……私に別れを告げたことをこの二人は話して、その状況を共有してて。
私が今日、泣きながらやって来て、二人を避けるとでも、思ってたのかな。
そう思うと。ほんとに、馬鹿らしくなってきた。
「昨日の件は気にしないでくださいね。むしろ、状況が固まって動けなくなる前に、色々分かって本当に良かったと思ってるので……あと、これからは……」
「――――」
「もう二度と、名前で呼ばないでくださいね?」
にっこり笑って言った私に、春樹は、ぐ、と言葉に詰まってて。
何か言おうとしたけど、何も、言えないみたいだった。
私は、返事も聞かずに、くる、と踵を返す。
職員室とは逆の方向に。
「きゃー、こわーい……」
ひそひそした声で、後ろで池田先生の声が聞こえてくる。
春樹はあれに、何て返事をするんだろう。
もう。……どうでも、いいけど。
せめて聞こえないように言えばいいのに。
……何が、怖い、よ。
最後のラスボスのセリフに、少し心が乱れた。
落ち着け、私。
大丈夫。
今出来る、私の最大限で、頑張って乗り切ったはず。
ちゃんと、笑顔で。普通に。
大丈夫。
落ち着いて。
私は。唱えながら、
ある場所に、向かって、足を速めた。
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