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第2章「振られた翌日の、悪夢みたいな」

1.覚悟

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 自宅に戻って、シャワーを浴びた。
 胸や太腿や色んな所に、キスマークがついていて、昨日のことを嫌でも思い出してしまいそうになって、ぶるぶると頭を振った。

 ……見ない見ない。

 幸い、全部服で隠れそうな所ばかり。わざとそうしてくれたのかなと、琉生の優しさに感謝。
 ドライヤーを髪に当てながら、またぼんやりと昨日のことを思い出す。

 昨日、春樹に振られた。
 何年も、ずっと一緒に過ごしてきたのに。

 毎日の電話も、昨日は当然しなかった。今日もしないんだ。明日も。……そう思うと、まだ、切ない。

 でも――琉生に会えてなかったらきっと、昨日帰ってからも散々泣いて、多分今頃、目を腫らしてたと思うけど。
 今、すごく、すっきりした顔、してる、私。

 この顔で、今日、春樹に会えるのは、良かったと思う。
 泣き晴らした顔で、春樹や池田先生に会うなんて、絶対、嫌だし。

 昨夜は――びっくりする位、気持ち良かった。
 気持ち良くて、泣いたのなんて、初めて。
 これ以上されたらどうなっちゃうんだろうなんて、初めて思った。

 相性というのかな? 
 それとも、琉生が、うますぎるのか。
 ……うん。うますぎるのかも。あの顔で、しかもあんな風に誘う人が、経験少ない訳ないし。 
 なんかもう、一生忘れられない夜かも。

 何だか離れると余計に現実感がなくなっていく。
 全部夢だったんじゃないかなあと思う位、「王子様」だったなあ。

 ふ、と、ちょっと笑ってしまう。

 私、絶対酔ってたな。
 最初の何回かは本気で、王子様、とか呼んじゃった。

 ……振られて泣いてた夜に、酔っぱらってした事なんて、人生で、ちょっとした過ちって事でいいよね。

 あ、でも、過ちというには、幸せ過ぎたから。
 過ちでもない気がする。

 酔っ払って試してみた、冒険、かな。
 冒険は――大成功、だったんじゃないかな。

 もうあの店には行くことは、無いと思うし。琉生とも、マスターとも、もう会う事も無い。
 失恋の記憶を、完全に良い意味で上書きしてくれた、彼に感謝。

 今日は、めっちゃ気合入れて、教師に許される最大限のオシャレをして、学校に行く。
 それで、すっきりした顔で、春樹に、おはようって、言う。
 大丈夫、出来る。

◇ ◇ ◇ ◇


 駅で降りて学校まで、徒歩十分ちょっと。
 生徒達と挨拶を交わしながら、学校までの道を歩く。

「おはようございまーす」

 私を追い越した生徒達が、挨拶をしながら振り返った。

「おはよう」
 そう言うと、あれー?という顔で見つめられる。
 
「中川先生、なんか今日いつも以上にキレイ!」
「えーあ、ほんとだ!」

 女子はほんとに目ざとい。

 「いつも以上」にって。 うまいなあ、褒め方。
 ここで「今日キレイ」て言ったら今日だけキレイ、みたいだけど、「いつも以上に」を付けるだけで、すごい誉め言葉になる。

 それを自然と使えることに、ちょっと驚く。

 去年の担任のクラスの、クラス委員の子。
 友達も多くて、成績も良くて。いわゆる優等生。

「また。からかわないでね」
「えーからかってないですよ、ほんと。ねえ?」
「うん、お化粧変えました?」

「ふふ、今日初日だから、ちょっとだけ気合入れたの」

 そう言うと、皆、なるほどーと明るく笑う。

「いい感じですよ、とっても」
「うん、キレイですー」

「お世辞でも嬉しいよー。ありがと」
 笑ってみせると、女子達は、きゃっきゃと楽しそうに笑いながら、走っていく。

 私も、ここに通ってた頃は、あんなだったかなあ。
 懐かしいなあ。

 私はなんだかんだ、色々なものに立候補して、色々頑張って、頑張りすぎて色々あった気もするけど。まあ、男子に、可愛くないとか言われながら。でも、充実はしてた、楽しい学校生活だったような気はする。

 私が通い出した年が制服をモデルチェンジした年だったから、いまも変わらず同じ制服。なんとなく捨てられなくて、そのままクロ―ゼットの端に眠ってる。着ることはもちろんないけど。

 この学校が好きだったから。
 この学校の先生になれて、ずっと春樹と、生徒達とって。
 何て幸せなんだろうと、思っていたんだけど……。
 はー。
 
 ……とか。
 過去に浸ってる場合じゃなかった。
 学校に入ったら。
 春樹と、池田先生と、会うんだから。
 その覚悟は、しておかないと。

 
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