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第1章「最悪な夜の、夢みたいな」
9.大丈夫、かも。
しおりを挟むふ、と、目が覚めた。
見慣れない天井と壁と、いつもと違う肌触りの布団。
昨日のことを思い出しながら、瞳を開けると。
――隣に、キレイな人が寝ていた。
昨日のことは夢じゃなかったんだと知って。
自分の乱れ方を思い出して、かあっと顔が熱くなる。
やばい。
いくら――少しお酒入ってたからってあんな……。
やばいよね……。
だめ、ちょっとこの裸のままで、顔を合わせられる気がしない。
うわー、恥ずかしすぎるよ、どうしよう……。
バスローブが落ちていたので、それを身に着けて、そっとベッドを出た。
昨日バスルームで脱いで、畳んでおいた服を身に着けて、身支度を整える。
時間はまだ五時半。
家に帰って、シャワーを浴びて、用意して。
大丈夫、学校には間に合う。そう思ったら、少し落ち着いた。
出る準備を終えて。ホテル代とか昨日の飲み代とかも含めて1万円札。足りる、よね? と考えつつ。とりあえずテーブルに置いて、そのテーブルにメモ帳と一緒に置いてあったボールペンをお札の上に重しにした。
気づいて受け取ってくれるよね……。
よし。もう出れる、かなと思いながら、静かに寝てるルイに視線を向ける。
こういう時、行きずりの人達って、一緒にホテル……出ないよね??
一瞬、そのまま出て行こうかと、思ったのだけれど。
うーん、でも。
彼の今日の都合も知らないし。
私が起こさなかったせいで、仕事とか、遅刻になっても、困ると思って。
「あの――――……ルイ……?」
ベッドに近づいて、小さな声で、呼んでみたら。
「……ん?」
彼が気が付いて、ゆっくり動いて、私を見た。
「あれ……おはよ――――……もう服着ちゃったの?」
優しい声。
朝イチから、甘いなぁ……。
と。
……ときめいてる場合じゃない。
「今ね、五時半なの。私、帰って準備して仕事行くから、もう出るけど……ルイは、時間大丈夫?」
「五時半……? 早いね。……うん、大丈夫。ありがと」
ルイは、くす、と笑って、そう言いながら、ゆっくりと体を起こした。
王子様は、寝起きでも王子様だ。
昨日も、思ったけど。本当に、キレイな、体。
相当鍛えないと、こんな風にはならないと思う。
王子様は努力もあって、出来上がってるんだろうなと、好ましく思ってしまう。
「あの……昨日、ありがとう」
「……うん?」
「一人で帰ったら、絶対泣いてたから」
「――――」
「多分、私、今日も、明日も、そんなに泣かないで居られると思う」
そう言ったら、彼は、ふ、と優しく笑って頷いた。
「初めて会った人となんて、多分、最初で最後だと思うけど……」
「――――」
「ほんとに、ありがとう」
少し、躊躇ったけど。
でも、あれだけ乱れたんだから、今更だよね。……そう思って。
感謝の意味を込めて。
彼の頬に、ちゅ、とキスした。
「――――」
昨日あんなに、色んな事してきたくせに、彼は少し驚いたような顔をして。
それから、照れたように笑う。
また、ちょっと可愛い。胸が、きゅん、と揺れてしまう。
――――昨夜抱いてくれている時は、あんなに大人びて見えたのに。
さすが王子様だなあ。大人っぽさも可愛さも持ち合わせてるとか。
「そういえば……ルイって、どんな漢字? それだけ教えて?」
「ああ……気になる?」
「うん。なんかずっと、気になりそうだから」
ふふ、と笑って答えると。
「左が王で、右が、流れるの右側」
「王で……流れるの右……」
「琉球王国の琉と、生きる、で琉生だよ」
「……あ、分かった」
「琉生」
漢字で考えると、王子様の名前ではないかも。
「漢字、素敵」
そう言ったら、琉生は、何だかすごく面白そうな顔で私を見た。
「ん?」
思わず首を傾げると、少しだけ首を振って、私を見上げる。
「ありがと」
また優しく笑った。
「じゃ行くね。……ありがとう、王子様」
最後、少し、冗談ぽく言って。離れた。
「まだ言ってる……琉生、だよ」
琉生は、クスクス笑いながら、ベッドの上で、小さく手を振った。
自然と、私も、ふふ、と笑って。
バイバイ、と手を振って、部屋を出た。
ホテルの廊下を、エレベーターに向かって歩きながら。
何だか私――――……昨日、婚約解消されて、振られたのに。
不思議な位、心が軽やか。
一晩限りなんて、初めてだったけど。
琉生が相手で、良かった。
あんなに気持ち良かったの、初めて。
――春樹とは、あんなに乱れたことはなかった。
良かったのかも。
私、彼しか知らなかったから、そういうものだと思ってた。
付き合うってことも、体を重ねるってことも、全部、そういうものだと思ってたけど……違うんだって、知った。
彼だけに固執するのも、違うんだって、思えた。
どうして、とか。
何で、とか。
心変わりを責めたって、どうしようもないし。
もう、そういうものだったんだ。
彼にとって、私が一番ではなかった。
それだけの事で……しょうがないんだ。
週末、婚約者を連れて帰るって言ってる実家の方、どうしよう。とか。
今日から、学校で、彼や、池田先生と会う時、どうしよう、やだなー……とか。ああ、千里にも説明しないと、とか。
そういう風に思う、細かいことは、色々あるけど。
一番大事な、「心」とか「気持ち」の部分は。
結構、大丈夫な、気がする。
ほんとに、ありがと、王子様。
何だか晴れやかな気持ちで。
まだ人のまばらな電車に、乗り込んだ。
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