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第1章「最悪な夜の、夢みたいな」

4.王子様登場

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 そういえば、あの二人って、付き合ってるのかな……?

 春樹は、二股なんかかけてないって、信じたいけど。
 ……でもな。
 婚約、解消だからな。

 そんなことした人を、信じるって。
 私が、バカかな……。

 婚約解消って、慰謝料取れるのかな。相手の池田先生からもとれるのかな。なんて、一瞬考えて。そんなことする訳ない。と笑ってしまいそうになる。

 もう、関わり合うなんてごめんだし。
 ていうか。そんなこと、一瞬でも考えたのを消しちゃいたいくらい。
 絶対無理……。
  
 五杯目。
 マスターがちょっと心配そうに私を見ながら、お酒を置いた。

「お水も飲みますか?」と言ってくれたけど、まだ大丈夫と断った。

 でも、なんだかもう眠いような……。
 違うかな、眠くないけど、なんかちょっと、くらくらするのかな。

 なんか分からなくなってきちゃった。

 はー。……ちゃんとしなきゃ。私、先生なんだし。明日も学校なんだし。こんな所で、酔っ払い化してしまう訳には、いかない。
 ……でもべつに――――……。
 私がどうなったって、心配する人なんか、居ないしな……。なんて、思ってしまったら、自分の思考に泣きそうになる。

 あーバカだな私。自分で 泣く方向に気持ち、持ってっちゃってるし。
 俯いて。頬杖をついて。零れ落ちそうな涙を、どう堪えようかと思っていた。
 その時。

 隣で、かたん、と。 多分、椅子の動く音がして。
 ふわ、と、爽やかな良い匂いが、した。 

「――――?」

 ……良い、匂い。
 誰かの、香水……?

 その匂いに気を取られたおかげで、涙を堪えられた。
 少しして、ふ、とその方向に視線を向けたら。

 なんだかすごく――――。
 綺麗、としか言えないような、男の人が、そこに座っていた。

 ふと、目が合う。
 何だか、その人、ほっとしたみたいに、にこ、と綺麗に微笑んだ。

 男の人に綺麗、とか、おかしいかもしれないけど。
 鼻筋通ってて綺麗だし。笑んでる唇も綺麗。二重の綺麗な瞳。
 ほんとに惚れ惚れする位綺麗なパーツ。それが完璧に配置されてるみたいな。ほんと、綺麗しか、出てこない。

 髪の色は、店が薄暗いから分かりにくいけど、黒髪じゃない。多分、明るい茶色。
 思わず、切なすぎる現状を忘れて、首を傾げてしまった。

「……王子様……?」

 私ちょっと、飲みすぎちゃったのかな。
 王子様が、隣に居る……?

「え?」

 私が思わず言ってしまった、「王子様」というあんまりな言葉に、その彼は、戸惑ったみたいな声を出して、首を傾げた。

 ……幻じゃなさそう。
 でもこんな王子様みたいな人、居る……?
 思わず少し近づいて本物なのか確かめようと動いた瞬間。

 小さな丸い椅子の足場にかけていた足が外れて、変に落ちそうになった、その瞬間。咄嗟に伸びてきた手が、腕を掴んでくれて、支えてくれた。

「危ないよ――大丈夫?」

 焦ったような彼の言葉に、小さく頷く。

「ご、めんなさい……」

 わあ…… なんか触ってしまった。スーツの上からでも、分かる。
 ……筋肉、すごい。

 近寄ったら、爽やかだけど、何だか、すごく甘くも感じる、香り。
 近くで見つめ合ってしまって、何だか、息が上手くできない。

「良かった、泣いてるのかと思った」

 至近距離で見つめられて、ふ、と微笑まれると。
 聞こえてきたのは、少し低めの、甘い声。

 触れたから、幻じゃないことは分かったけど。

 笑顔も声も。
 この人が、王子様だという私の説はもう確定な程の、破壊力で。

 あ、幻じゃなくて、夢なのかな? 良い夢だなあ、

 王子様。……シンデレラに、なりたいなあ。
 あれ、でも、そしたら二十四時で逃げないとだめだよね?

 ――って、我ながら、全く意味が分からない。

 大丈夫かな、私。結構酔ってる?? 二十四時……ん? 今、何時なんだろう。
 結構ゆっくり飲んじゃってた気もするけど……。

「大丈夫?」
「何が……?」

 不意に聞かれて問い返すと。少し困った顔で、王子様は笑う。

「なんか、色々、かな」

 くす、と笑われて。私は少し黙って。

「ショックなことがあって、泣いてたんだけど……」
「――そうなの?」

 ふ、と少し歪む眉。心配そう、に見つめてくる瞳。

 やっぱり夢だな。こんな初対面の王子様が、私を心配して、こんな表情する訳ないし。

「でも、目の前に王子様がいるから、止まっちゃった」

 数秒、間が空いて、ぷ、と王子様が笑う。

「さっきから、オレの事を、王子様って言ってるの? 結構、酔ってる?」

 クスクス笑う王子様。……なんて素敵なんだろう。
 婚約解消されて振られた事とか、一瞬だけど忘れ去ってしまいそう。

 あ、このために出てきてくれたのかな。ありがと、王子様。今だけでも、かなり忘れられてる。
 王子様は、私を、そっと、椅子に座り直させてくれた。

「ありがと……」

 一応さっきと同じ状態で、椅子に腰かける。

 王子様は優しくて。落ちないように、背中の辺り、ほんとに軽く、支えてくれてる。
 自然な優しい触れ方に、少し、頼ってしまう。

 知らない男の人に触られるとか。普通なら嫌なはずなんだけど。




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