5 / 105
第1章「最悪な夜の、夢みたいな」
2.消えたい。
しおりを挟む「琴葉、本当に、ごめん」
「――何?」
内容も言わず、この話の流れで、ごめん、とか。
早く、内容、言ってほしい。
「オレ、琴葉と、結婚出来ない。だから君の実家に行けない」
「――」
咄嗟に、返事が出来ない。
俯いてる春樹を、ただ見つめてしまう。
何も答えられなくて黙っていたら、春樹が少しだけ私を見た。
「他に気になる人が、居る。琴葉のことも大事だから、ずっと迷ってたんだけど」
「――――」
琴葉のことも。
ことも。
――――も?
も、って、何。
「やっぱり、こんな気持ちで、結婚は、出来ない」
ついていけない。
六年間も付き合って。
結婚の挨拶に行こうという週に、突然。
気になる人が、居るから、結婚できない?
そんな話、ついていける訳……。
「……気になる人って?」
声が、掠れる。
何かが張り付いてるみたいに。
こんなこと、聞いても、仕方ないって、
頭の隅で、なんだか冷静な私が、思ってるのに。
「――――」
何も言わない、春樹。
言えないってこと? 私の、知ってる人、ってこと……?
思った瞬間。ふ、と頭の隅に、浮かんでくる、姿。
「池田先生……とか?」
名前を出した瞬間。焦った顔をして、こっちを見た春樹。
……バカだなぁ。春樹。もう、分かった。
社会科準備室で、よく二人になってたけど。それは、普通にある、ただの同僚としての、関係だと、信じてたけど。……信じてたのに。
……そっか。あの子のために、そう決めたんだ。
「分かった」
声、掠れる。さっきまで、普通に、出てたのに。
……良かったな。
私の家族に挨拶してから学校に言うってことにして、私たちの関係を内緒にしておいて。
……ほんとに、良かった。
着ていたブラウスの一番上を外して、ネックレスを引き出した。
指輪を、外す。
こんな人からの指輪なんて、もう、一刻も早く外したい。
そう思っても。
……やっぱり、胸が痛いのはどうしようもないみたい。
だけど。その感情は見せないようにして、なるべく静かに「返すね」と言った。
「――琴葉……」
申し訳なさそうな顔をして。
でも、明らかに、ホッとしてるように見える。
私が、泣かないから?
責めないから?
分かったって、言って、指輪を返した、から?
「――――」
優しい人だと思ってた。今まで。ずっと、優しかったと、思う。
でも、私にも優しいけど、皆にも優しくて。
優しいけど、最後に、こんなに冷たい、人。
もう、人生を一緒に、考える事はないんだなと、ただぼんやりと、そう思う。
鞄から財布を出して、お金を置いた。
「ここは、払うから」
そんな風に言う春樹に。
「払ってもらう理由が無いから」
冷静に。
ただ、冷静に、そう、言った。
立ち上がって、鞄を肩にかけた。
「さよなら、森本先生。また学校で。――もう、学校だけで」
最後の言葉に、最大限の思いを込めて。
春樹にぶつけて。私は、春樹に背を向けた。
早く。
少しでも早く。
――春樹の視界から、消えたい。
急いで歩いて、店を出た。外に出てしまえば、春樹の位置からは見えない。
店の外に出て、立ち尽くす。
こらえていた涙が、ぼろ、と溢れ落ちたのを、俯いて隠す。
……これじゃ、電車に乗れない。
どこかでゆっくり考えてから、帰ろう。落ち着かないと。
ふっと、思い浮かんだ店がひとつだけ。
あの店に着くまでに、少し落ち着こう。
はあ、と息を短く吐いて。気持ちを抑えながら。私はゆっくり、歩き出した。
1
お気に入りに追加
579
あなたにおすすめの小説
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
寡黙な彼は欲望を我慢している
山吹花月
恋愛
近頃態度がそっけない彼。
夜の触れ合いも淡白になった。
彼の態度の変化に浮気を疑うが、原因は真逆だったことを打ち明けられる。
「お前が可愛すぎて、抑えられないんだ」
すれ違い破局危機からの仲直りいちゃ甘らぶえっち。
◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
【完結】【R18】男色疑惑のある公爵様の契約妻となりましたが、気がついたら愛されているんですけれど!?
夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
「俺と結婚してくれたら、衣食住完全補償。なんだったら、キミの実家に支援させてもらうよ」
「え、じゃあ結婚します!」
メラーズ王国に住まう子爵令嬢マーガレットは悩んでいた。
というのも、元々借金まみれだった家の財政状況がさらに悪化し、ついには没落か夜逃げかという二択を迫られていたのだ。
そんな中、父に「頼むからいい男を捕まえてこい!」と送り出された舞踏会にて、マーガレットは王国の二大公爵家の一つオルブルヒ家の当主クローヴィスと出逢う。
彼はマーガレットの話を聞くと、何を思ったのか「俺と契約結婚しない?」と言ってくる。
しかし、マーガレットはためらう。何故ならば……彼には男色家だといううわさがあったのだ。つまり、形だけの結婚になるのは目に見えている。
そう思ったものの、彼が提示してきた条件にマーガレットは飛びついた。
そして、マーガレットはクローヴィスの(契約)妻となった。
男色家疑惑のある自由気ままな公爵様×貧乏性で現金な子爵令嬢。
二人がなんやかんやありながらも両想いになる勘違い話。
◆hotランキング 10位ありがとうございます……!
――
◆掲載先→アルファポリス、ムーンライトノベルズ、エブリスタ
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる