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プロローグ
1.一筋
しおりを挟む私立鈴宮学園高校の、ゴミ捨て場。
数学準備室の片付けで出たゴミを捨てて、ふ、と息をついた時。
「琴葉ー」
後方から、私を呼ぶ声に振り返ると、声で予想した通り、千里がゴミ袋を持って近づいてきていた。
「あ、千里。お疲れー」
「うん、お疲れ」
言いながら、千里は建物の中に入って、ゴミを奥に積んだ。
「はー。結局夕方になっちゃった。疲れたね」
そう言いながら奥から出て来て、私の隣に並ぶ。
「ほんとだね」
苦笑い。
「琴葉、受け持つクラスの子、名前覚えられた?」
「うん。やっと。フルネーム全員いけたと思う」
「そっか。良かったね」
「うん」
「て言ってもさ、覚えてない先生達、いっぱい居るけどね。新学期が始まって、その内覚えれば、みたいなさ? 琴葉、ほんとマジメ」
「名前を覚えてた方が生徒も嬉しいと思うし」
「覚えてない先生達は、その内覚えるって開き直ってるけどね」
あはは、と千里は笑ってる。
「まあそうだけど」
私も苦笑い。
私、中川 琴葉は数学教師で、秋坂 千里は保健医。
この学校で退職者がまとめて出た三年前に一緒に採用されてからの同期でもあり、なんでも話せる親友でもある。
「私はさすがに全校生徒の名前覚えろなんて言われないから楽だけど。琴葉、受け持ちのクラス発表から一週間で、五十人もよく覚えたよ」
「まあでも去年のクラスの子達も居るからね」
「それにしたってさ」
偉い偉いと、クスクス笑う千里。
各学年五百人前後で、全校で千五百人強。一クラス五十人以上のマンモス校の私立。男女比は少し男子が多い位。
確かに、覚えられてよかったと、ほっとしてる。実はあんまり名前を覚えるの、得意ではないし。
とにかく、明日から、新学期。
本当は今日までは春休みだけど、ほとんどの先生が出て来ていて、明日の為に色々な作業をしている。
「千里は、今日は何してたの?」
「来週から始まる健康診断の書類の準備。特に新入生はさ、まずあれを書いてもらって、今週金曜までに提出してもらわなきゃだからさ。書類だらけよ」
「わー。大変そう……用紙一種類で千五百枚だもんね」
何種類もあるから、それをまとめるだけでも大変そう。
そう言うと、千里は、まあね、と苦笑い。
「琴葉は何してたの?」
「私は名前を覚えながら、クラスで配るプリントの準備。あと、明日から来る数学の新任の先生の指導準備と、色々片付け」
「ああ、そっか、今年は大卒の子が来るんだっけ」
「そう。うちのクラスの副担もその人だって」
そう言うと、千里は、ふうんと頷いてから、私を見つめた。
「良い人だと良いね」
「ん?」
「だって、今の話だと、ずっと一緒ってことになっちゃう。数学の授業も、クラスのホームルームとか、行事とかさ。数学準備室も職員室の席も、隣でしょ?」
「うん。そう、隣。今日空けてきたよ。そうだね、ずっと一緒になるね」
「良い人であることを祈るよ」
「そうだね……私も祈っとこ」
「あ、女なの? 男? どっち?」
「聞いてない。どっちだろね」
首を傾げていると、千里が、クスクス笑い出した。
「どうする? 大学卒業したばかりの若い男子に、琴葉さんっとか迫られちゃったら」
千里がむぎゅっと私を抱き締めて、楽しそうに笑いながら離れた。
「ないない……ていうか、私もう二十六だし。四つも上だよ。無いよ」
「そんなことないよ、琴葉、童顔で可愛いし。若く見えるし」
「無理。順調に体力の衰えは感じてるし。若い子についていけない」
苦笑いでそう言うと、千里は、そうかなあ? と首を傾げる。
「一生懸命だから、生徒も琴葉大好きじゃん」
「そうかなぁ?」
ほんとにそうなら、それは嬉しいけど。と思っていると、そうだよ、と千里が笑う。
「保健室でおしゃべりしてく子達が居るんだよね、さぼりがてらさ」
「うん。それは千里が喋りやすいからだよ。憩いの場所」
ふふ、と笑いながら言うと、千里も、まあね、なんて言いながら笑う。でも、お世辞じゃなくて。ほんとに良い保健の先生だと思ってる。
「先生の悪口言う子って結構いるんだけど。あ、もちろんやんわり止めるけどね――琴葉のこと悪く言う生徒は、居ないから」
「それは嬉しいかも……」
「あぁ、でも、補習に誘われ過ぎて嫌がってる子は居たけど」
「……多分それは、相当成績が怪しい子じゃないかな」
苦笑しながら言うと。そうかもね、と千里も笑う。
「でもその子達も、ほんとは嬉しいんだよね、見捨てられないから。すっごい丁寧に琴葉は説明してくれるって。しかも、怒らずに」
「怒ったら、勉強って頭に入らないから。そこだけは絶対だけど」
「そうそ。だから、良い先生だしさ。生徒に人気だし。可愛いしさ」
「そんな褒めても何にも出ないよ? 何の話だっけ?」
クスクス笑ってそう聞くと。
「だから、新任先生がね。ずーっと一緒に居て、琴葉さん! とかなったらどうする?」
「ていうか、私、春樹が居るからさ、ないよねえ?」
そう言ったら、千里は、ぷ、と笑って。
「分かってるよ。冗談」
千里はおかしそうに、あは、と笑う。
「琴葉が、春樹一筋なのは知ってるしねー」
「そんなんじゃ……」
一筋とか言われると、なんかすごく恥ずかしい。
「照れるなって。人生で春樹しか知らずに、その春樹の元にいよいよお嫁にいくんだし。 今時そんな子、居ないよ?」
「そう? 居るんじゃないかな」
「いや、絶対、そんなにたくさんは居ない」
千里がはっきりきっぱり言う。
そんなのどうして分かるの、と思うけど、もうなんだか、笑ってしまうしかない。
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