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きづいたら
「複雑」*奏斗
しおりを挟む「……ユキくん?」
声に自然と顔を上げると、少し離れたところに椿先生。オレと目が合うと、ふわりと微笑んだ。
「眠れない?」
「はい。先生もですか?」
「さっきまで、卒業生が部屋にいてね。やっと寝に行ったんだけど、今度は喉が渇いて」
クスクス笑いながら、水を買った先生は、オレを振り返った。「水で良い?」とそう言う。
「とりあえず飲んで」
「ありがとうございます」
受け取ると、先生はもう一本水を買って、オレの前の椅子に腰かけた。
「お腹は大丈夫?」
「あ、大丈夫、です」
なんか今日は、へんなとこで会うな。トイレの時もびっくりしたっけ……。あそこにいつから居たのかは、もうきっと分からないままになりそうだけど。でも、ずっと立ち聞きとかする人じゃない気がするから……来たばっかりって感じがする。
蓋を開けて水を一口飲み込む。なんかすごく乾いていたのか、しみこむ、みたいな感覚。
「あ、なんか。いますごく美味しいです」
「よかったね」
クスクス笑いながら、先生も水を口にした。
「……何か、考えごと? 言いたくないなら聞かないけど」
「――――」
「なんか……見た目から悩んでますって感じで座ってたから」
先生の苦笑に、オレも、言われてみれば、と苦笑い。
確かに、頭抱えて、ものすごく悩んでる人に見えたかもしれない。
「大丈夫ならいいんだけどね」
クスクス笑って、先生が言う。オレは少し黙って、それから、軽く息をついた。
「……なんて言ったらいいか、分かんないです」
「そっか。複雑?」
「……はい」
「まあ。あるよねぇ、色々。複雑なこと」
「先生もありますか……?」
「あるよ。皆きっと、色々あると思うけど」
「……ですね」
たしかに。
皆きっと、色々あるよね……。
オレだけじゃ、ないはず。
……ただ思ってしまうのは。
オレの周りに居る友達は、好きな子が出来たらすぐ周りに報告して、可愛いんだよって話したりして。頑張って告白したり、デートに誘ったり。それで、たとえば振られても、普通に、振られたって話せて。で、友達も、次頑張れって普通に言えて。
……そういうことは、オレには、難しいだろうなあとは、思う。
だからそこのとこは少し。人より、複雑かな……。
和希とだってきっと、オレが女の子だったら、別れなくて済んだのかも。……でもオレが女の子だったら、親友でずっと一緒に居て、そこから付き合う、とかも無いだろうから、そんなことを考えるのもおかしいけど。
……ってもはや、思考がまとまってなくて、何を考えたいのかも、分からない。
「ユキくん、聞いていい?」
「あ、はい……?」
「今日の一番最初の講義の時さ、一人で生きてく、とか言ったでしょ」
「あ……すみません。つい言っちゃって……」
「一人目だったからね。咄嗟に出ちゃった?」
「はい……」
苦笑しつつ頷くと。
「あれって、深い意味はある?」
「深い……。そう、ですね。誰にも頼らず、一人で生きれたらいいなって」
そう言ったら、先生は頷きながら聞いた後、そっか、と微笑んだ。
「その心意気はいいと思うけど」
「……けど?」
「んー……。そうは言っても、人って、一人じゃなかなか生きれないものだからさ」
「――――」
「大体、必ず誰かと絡むんだよね。中には、本当に人との繋がりを切って生活してる人も居るかもしれないけど……ユキくんは、そうしたいわけじゃないでしょ?」
「……そう、ですね」
「何をするにしてもさ、誰かの協力は必要だし。例えば個人で何か商売するにしても、お客さんとか、仕入れとか、色々絡むでしょ。……ユキくんが言ったのは、会社に縛られないっていう意味かもしれないけど」
「……はい」
「人と絡む以上、いろんなことがあるから。ってまあ、知ってると思うけど」
ふ、と先生は笑う。
「一人で生きてく、とかはさ。それを聞いた、君を好きな人たちが悲しむかなぁ、とか。思ってね。……余計なことだったらごめんね」
「余計なんて……そんなことないです」
「一応君の先生だから。なんとなく、気になったことを、投げかけてみただけ。良かったら、考えてみて」
「――――……はい」
「良いんだよ。自立するっていう意味なら、全然問題ないから。……今、言ってるのは、そうじゃなくて……」
「あ。はい。……なんとなく、分かります」
真斗とか……四ノ宮とか。
事情を知ってて、オレを構う人達が、オレが、あくまで一人で生きてくって言うのを聞いたら……嫌、なのかもしれない、と思った。
頑なに。一人で生きてくって。色々を拒否して、一人でって。
「まだ大学二年生だし。色々考えて色々決めればいいし。卒業の時に決まってなくたって、人生、いろんなところに色んな出会いや転換期があるから。焦んなくていいと思うよ」
先生は、どこまで分かって、何を思って言ってるのかは、図れないけど。
なんとなく。
今のオレには、刺さることばかりで。黙ったまま、頷いた。
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