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ずっとそばに
「体が勝手に」*大翔
しおりを挟む「……あのさ」
奏斗が手を止めて、そう呟いた。
静かなその声に、不思議に思って、奏斗を見ると。
少し俯いたまま、黙ってる。
「……なに?」
「あ。ううん。……食べよ? せっかくちょうど焼けたし」
「ん。そうだね」
何だか言えないみたいで、オレを見上げて笑んだ奏斗に、オレも頷いた。
無理やり聞いても仕方ないし、と思った。……気にはなるけど。
「サラダとか食べる?」
そう聞くと、奏斗は「オレはいいや」と笑う。じゃあオレもいいや、と言って二人でテーブルに座った。……なんとなく自然といつも通り、隣の席で。
「いただきます」
手を合わせて、食べ始める。
「奏斗、何時に起きた?」
「五時位。六時前までは横になってたんだけど、二度寝もできなくて」
「早いね」
「珍しく四ノ宮は起きないしさ」
ふ、と笑んでオレを見る。
「じゃあたまにはオレが作ろうかなーって思って」
「そっか」
「でもごめん、うちにパン無かったから、四ノ宮んちにあったパンだけど」
「いいよ。だって、買ってないでしょ。いつもオレんちで食べてもらってるし」
「――――……」
ふと、黙る奏斗に気づいて、ん?と顔を見つめると、ものすごい苦笑いを見せる。
「……食べてもらってるって言い方、おかしくない?」
「まぁ。……でも、その通りでしょ?」
「オレが食べさせてもらってる、ていうのが正しいんじゃないの」
「そうかなあ? 一緒に食べてもらってる」
「なにそれ、絶対変だって」
クスクス笑いながら、奏斗はオレを見て、面白そうな表情。
……楽しそうな顔すると、ほんと可愛いよな、と思いながら、そう?と聞き返すと、そうだよ、とまた笑う。
「コーヒーはうちで淹れてきたけど」
「うん。分かる」
「分かる?」
「うん。良い香りするし」
「そっか」
ふ、と笑んで、一口コーヒーを飲んでから、奏斗はオレを見つめた。
「オレもこの香り好きだから。気に入ってくれてんの嬉しい」
「――――……」
穏やかに笑む奏斗に――――……なんだか、すこし、胸の奥で。
何かを感じる。
「……奏斗、今夜はなんか用ある?」
「んー……まだ分かんない。授業終わった時一緒にいる友達とそのままご飯食べに行ったりするからさ」
「そっか」
「……オレの夕飯とか、ほんとに気にしなくていいからね?」
奏斗のそんな言葉にため息をつきそうになるけれど、なんとか、堪える。
「……ごちそうさま。美味しかった」
「あ、うん」
ふふ、と笑う奏斗に頷きながら、んー、と背伸びをする。
……何だかな。
そうなんだよな。別に恋人でもなければ、ただの隣人。しかも同学年の親友とかですらなくて、ただの、ゼミが一緒なだけの後輩。
……毎日一緒に過ごす大義名分みたいなのは、無い。
毎日毎日、奏斗のために夕飯作って待っててもいいと思う自分は居るけど、多分相当重いというか、気持ち悪がられても文句は言えない。
昨日、奏斗に、しばらくクラブは行かないと言われてしまったし。
……となると、心配だからとか、そういうのも通用しない訳で。
どーしたらいいんだか。
……我儘いって、むりむりオレの部屋に来てもらってるけど。それを毎日どうするか聞くことだって、奏斗には負担になる気がするし。
――――……「セフレ」て言われる位、だしな……。
あーマジで。……ため息だらけになりそうなところを、なんとか堪えている気がする。
「ごちそうさま。……片付けよっか」
「ですね。あ、オレ洗うからいいよ。用意してきて」
「いい。一緒に洗う方が早いよね?」
奏斗の言葉をそれ以上断る理由もないので、一緒に立ち上がって食器を流しに運ぶ。
「オレ洗うから、奏斗が流して?」
「うん」
並んで流れ作業。あっという間に片付いて、先に手を拭いていると、続いて終わった奏斗も、手を洗ってタオルに触れた。
「……歯みがこっかな」
言って足を一歩踏み出した時。「あのさ」と奏斗が言った。
「ん?」
足を止めて振り返り、そのまましばらく奏斗の言葉を待つが、何も出てこない。
「奏斗?」
「……あの」
「うん?」
またしばらく無言。一歩二歩、奏斗に近づいて、手を拭いたままタオルを握り締めてる奏斗を見下ろす。
「……どうしました?」
また何か、考えてるのかな。
なんとなく、聞くのが怖い気がしながら、そう言ったら。
奏斗は、ふっと顔を上げて、オレを見上げた。
「……ごめん」
「え?」
ごめん? 首を傾げたオレを、まっすぐで大きな瞳が、じっと見つめてくる。
「……セフレ……とか言って、ごめん」
「――――……」
俯いたまま言った奏斗に、とっさに何も出てこない。
「……奏斗?」
「……あの……そんなんじゃ、ないの、分かってる」
「――――……」
「……それ、ばっかりじゃ……ないって」
それを聞いた瞬間。頭より体が、勝手に動いて。
……気づいたら。奏斗を、抱き締めてしまっていた。
(2023/5/21)
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