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ずっとそばに
「期待なんて」*奏斗
しおりを挟む四ノ宮と別れて、自分の部屋に帰る。
鍵を棚に置いて、電気をつけた。
「ただいま……」
一人暮らしを始めた最初、自然と挨拶を口にしたのに気づいた時に、虚しいかなぁと思ったけど、なんとなく言うことに決めた。
部屋に向けて言うような。でも自分に向けて言うような。そんな気持ちで。
よし、出よう、頑張ろうっていう、いってきますと。
無事帰ってきたっていう、ただいま。あとはいただきますとか、ごちそうさま。
……最近。ずっと四ノ宮の家に行ってて。
ちょこっと寄るだけとかだから、言わなくなってたかも……。
……代わりに、四ノ宮の家で、ずっと言ってる。
「――――……」
ぽり、となんとなく後頭部を搔きながら、部屋の中に進む。
……先に風呂、入ってから、コーヒー淹れよ。
そう思って、部屋着と下着を持って、バスルームへ。
シャワーを浴びて髪を乾かす間にお湯を沸かした。
豆を挽いて、ペーパーフィルターに入れる。
椅子に座って、ふーと一息。
ゆっくり、お湯を落とす。
コーヒーの、イイ香り。
一人の時は、おかわり用に、二杯分入れた。なんとなく、ぼーっとして、二杯目を飲むことも多かった。
最近は。ずっと。……二人分。
二人だと――――……暇だから二杯目て感じにならないから、おかわりもしない。淹れてる量は変わらないんだけど……なんだか、全然、違う。
どうしてあいつは、あんなにオレに、近いんだろう。
「何だかなー……もー……」
変な奴……とすごく思うのに。
……その変な奴と飲むコーヒーを、淹れてるオレ。
少しずつお湯を落としてその様を見つめる。
――――……「今」が、楽しければいいと思ってた。
今が楽しくないのに、未来なんて楽しいわけがない。
友達と遊んだり。クラブでその時だけの気持ちいい関係を、楽しんだり。
ゼミで、頑張って勉強したり。
日々、楽しいと思うことを頑張る。
そうして、楽しい日々が続くなら、未来もきっと楽しい。……はず。
そうすることに決めた。
考えても無駄な未来なんて、期待しない。
他人にも、期待は、しない。
他人がどうこうじゃなくて、自分が楽しいと思うことだけを続けていけば、オレは、幸せで居られるんじゃないかって。
「――――……」
……期待なんてしない。
なのになんかオレ。
四ノ宮の、ずっと居るっていう、セリフがずっと引っかかってる。
居る訳ないのに。今居るだけで。その内居なくなって。
彼女とかできたり。もしかしたら結婚の話とか出てきて。……なんなら、割とすぐ、居なくなるんだろうって、思ってるのに。
……適当にスルーして、無視しとけばいいのにな……。
ブー、とテーブルの上でスマホが震える。
お湯を落としてからポットを置いて、スマホを確認すると。
「奏斗、あとどれくらいで来れる?」
そのメッセージの後に、ポン、と送られてきたのは。
リビングのソファに座らされているぬいぐるみ。
「こいつも待ってる」
なんて言葉が入ってくると、ふ、と苦笑が浮かぶ。
「あと少しでコーヒー入るから、行く」
そう入れると、了解、のスタンプ。
「待ってる」
なんか。
その短い言葉も。
やけに、目に、残る。
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