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至近距離で

「猫じゃない」*奏斗

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 猫みたい。 
 そう言われて、固まってしまった。

 ――――……和希も、よく言ってた。
 カナは猫みたいだよなあ。
 スリスリ近寄ってきて。撫でると、気持ち良さそうで。
 すげー可愛い、って……よく言ってたっけ。

 胸が、痛い。
 いまだに、楽しくて幸せだった頃の事を思い出すと、涙が出そうになる。

 あんなに可愛いって。好きって言ってくれてたのに。

 でも……別れる時なんてそんなものだろうと、分かってはいるのに。


「奏斗?」

 四ノ宮は、オレが黙った事が気になったのか、顔を覗き込んできた。
 思考が今に引き戻される。


「……つか、オレ、猫じゃないし。変なこと言うなよ」

 なるべく普通にそう答えた。
 
 四ノ宮は何も言わなかったけど、オレは視線をそらしたまま。
 マグカップを手にして、コーヒーを飲み終えた。

「……四ノ宮は、もう飲み終わった?」
「ん。ごちそうさま――――……オレ洗うよ」

 オレが何か言うより早く、四ノ宮はマグカップを二つ手にして、キッチンの流しに歩いていく。

「いいよ、オレやるし」
「いいよ。すぐ終わる」

 まあ、マグカップ二つなんて、こんなやり取りをしてる間にもう終わりそう。四ノ宮が水切りのトレイにマグカップを置いて、タオルで手を拭いて振り返る。

「……ありがと」
「いーえ。コーヒーごちそうさまでした。美味しかった」

「――――……うん」

 ……こういうのは、ほんとにまっすぐに、言うんだなあ。
 と、袖を直している四ノ宮を見上げる。

「あのさ、四ノ宮……オレさ、なんか疲れたから」
「疲れた?」

「……もう寝たいから帰って?」

 オレがそう言うと、四ノ宮はんー、と少し唸るみたいな声を出してから、苦笑い。


「どーしても帰ってほしい?」
「うん。帰って」

 まっすぐ見つめたまま、はっきりとそう言うと、四ノ宮は少し困った顔をした。
 

「――――……約束しちゃったしな……」

 しなきゃよかった、とか、ブツブツ言いながら、四ノ宮はちら、とオレを見る。


「奏斗が居てほしいなら、居るんだけどな」
「――――……帰ってって言ってるじゃん」

「分かった。まあ奏斗のベッドじゃ二人で寝れなそうだし。シングルでしょ?」
「そうだけど……つか、何言ってんの」

「……オレ、家で待ってるね」

「行かないって。もう疲れたから、すぐ寝るから」


 もー、ほんと、意味分かんない。宇宙人。


「早く帰って。ほれほれ」

 背中の真ん中あたりに手をかけて、どんどん玄関に向けて押していく。


「一緒に行こうよ」
「行かない。おやすみ」

 そこで、また、ため息の四ノ宮。
 仕方なさそうに玄関に進む後ろを歩いていると。

 不意に振り返った四ノ宮に、あれよあれよという間に、壁に押し付けられた。

「……っっ」

「――――……奏斗」


 耳元で囁かれる。


「……奏斗て、呼ぶのは? もう、いいよね?」

「――――……普通に、先輩て呼んでよ。あと……離せって」

 手首掴まれて、壁に押し付けられてる。


「こーいうのも、もう無しにして」

「――――……無理」


 言うと同時に、屈まれてキスされて。そのまま、キスで、上向かされる。
 

「……っ、ん」


 優しく、上顎舐められて、ぞく、っと震える。


 キスされると同時に、手を押さえる力は抜けて、触れてるだけになってる。
 掴まれてる訳じゃないのに、動かせない。



 だから。
 ――――……なんか。


 このキス、繰り返されるのは、絶対、マズイんだって、なんか思うのに。




 後頭部に手が回って、四ノ宮に押し付けられるみたいに。


 もう、手首は離されてるのに。動けない。





 こんなの、絶対、おかしい事だって、分かるのに。






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