164 / 551
至近距離で
「猫じゃない」*奏斗
しおりを挟む猫みたい。
そう言われて、固まってしまった。
――――……和希も、よく言ってた。
カナは猫みたいだよなあ。
スリスリ近寄ってきて。撫でると、気持ち良さそうで。
すげー可愛い、って……よく言ってたっけ。
胸が、痛い。
いまだに、楽しくて幸せだった頃の事を思い出すと、涙が出そうになる。
あんなに可愛いって。好きって言ってくれてたのに。
でも……別れる時なんてそんなものだろうと、分かってはいるのに。
「奏斗?」
四ノ宮は、オレが黙った事が気になったのか、顔を覗き込んできた。
思考が今に引き戻される。
「……つか、オレ、猫じゃないし。変なこと言うなよ」
なるべく普通にそう答えた。
四ノ宮は何も言わなかったけど、オレは視線をそらしたまま。
マグカップを手にして、コーヒーを飲み終えた。
「……四ノ宮は、もう飲み終わった?」
「ん。ごちそうさま――――……オレ洗うよ」
オレが何か言うより早く、四ノ宮はマグカップを二つ手にして、キッチンの流しに歩いていく。
「いいよ、オレやるし」
「いいよ。すぐ終わる」
まあ、マグカップ二つなんて、こんなやり取りをしてる間にもう終わりそう。四ノ宮が水切りのトレイにマグカップを置いて、タオルで手を拭いて振り返る。
「……ありがと」
「いーえ。コーヒーごちそうさまでした。美味しかった」
「――――……うん」
……こういうのは、ほんとにまっすぐに、言うんだなあ。
と、袖を直している四ノ宮を見上げる。
「あのさ、四ノ宮……オレさ、なんか疲れたから」
「疲れた?」
「……もう寝たいから帰って?」
オレがそう言うと、四ノ宮はんー、と少し唸るみたいな声を出してから、苦笑い。
「どーしても帰ってほしい?」
「うん。帰って」
まっすぐ見つめたまま、はっきりとそう言うと、四ノ宮は少し困った顔をした。
「――――……約束しちゃったしな……」
しなきゃよかった、とか、ブツブツ言いながら、四ノ宮はちら、とオレを見る。
「奏斗が居てほしいなら、居るんだけどな」
「――――……帰ってって言ってるじゃん」
「分かった。まあ奏斗のベッドじゃ二人で寝れなそうだし。シングルでしょ?」
「そうだけど……つか、何言ってんの」
「……オレ、家で待ってるね」
「行かないって。もう疲れたから、すぐ寝るから」
もー、ほんと、意味分かんない。宇宙人。
「早く帰って。ほれほれ」
背中の真ん中あたりに手をかけて、どんどん玄関に向けて押していく。
「一緒に行こうよ」
「行かない。おやすみ」
そこで、また、ため息の四ノ宮。
仕方なさそうに玄関に進む後ろを歩いていると。
不意に振り返った四ノ宮に、あれよあれよという間に、壁に押し付けられた。
「……っっ」
「――――……奏斗」
耳元で囁かれる。
「……奏斗て、呼ぶのは? もう、いいよね?」
「――――……普通に、先輩て呼んでよ。あと……離せって」
手首掴まれて、壁に押し付けられてる。
「こーいうのも、もう無しにして」
「――――……無理」
言うと同時に、屈まれてキスされて。そのまま、キスで、上向かされる。
「……っ、ん」
優しく、上顎舐められて、ぞく、っと震える。
キスされると同時に、手を押さえる力は抜けて、触れてるだけになってる。
掴まれてる訳じゃないのに、動かせない。
だから。
――――……なんか。
このキス、繰り返されるのは、絶対、マズイんだって、なんか思うのに。
後頭部に手が回って、四ノ宮に押し付けられるみたいに。
もう、手首は離されてるのに。動けない。
こんなの、絶対、おかしい事だって、分かるのに。
77
お気に入りに追加
1,602
あなたにおすすめの小説
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる