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至近距離で

「オレの馬鹿」*奏斗

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 風呂を出て。
 水を飲んでしばらく、ぼー、と立ち尽くして。

 ――――……なんか飲もう。
 さっきアイスティー飲んだし。……コーヒー、淹れようかな。

 そう思って、コーヒーを淹れる準備を始める。
 豆を挽いて、フィルターに置いて。お湯を少しずつ、落としていく。

 ……ほんと。いい匂い。
 何も考えず。少し、無心になれる。


 その時。スマホがテーブルの上で震えた。振動が長いから、着信。

 立ち上がって、画面を覗くと。……何となくそうかなと思ってたけど。四ノ宮だった。
 ――――……どうしよ。気づかなかった事に、しちゃおうかな……。
 意味不明に、そんな事を思う。

 しばらく、すごい葛藤しながら、振動を見つめて。
 出ようかなと思って手を伸ばした瞬間、切れた。
 

「――――……」

 コーヒーの所に戻って、また、お湯を注ぐ。

 なんか。
 ――――……変な、気分。

 コーヒーがぽとぽと落ちていくのを、じっと見つめていると。
 また、スマホが揺れ始めた。

 ――――……また、四ノ宮だった。
 何回か、聞いてから。


「……もしもし」

 仕方なく、電話に出ると。


『あ、奏斗? 今へーき?』

 四ノ宮は、全然普通の声で、言った。

 ――――……そう、だよね。
 別に。オレは、オレの部屋に帰っただけで。
 勝手に待ってるって言ってたけど、別に行かなくたって、四ノ宮は困らないし。……全然、普通なのは、そうなんだよな。うん。

 じゃあオレも、普通に、普通の先輩として、居ればいいんだよな。

 一瞬でそんな事を考えた。

「うん、平気。何?」

 普通に答える。

『あのさあ。アイスティーってどーやって入れんの?』
「え?」
『そーいや入れた事なくて。葛城が置いてった紅茶の葉っぱとか、ティーバッグはあるんだけど』
「――――……」

『しかもアイスティーってどーすんの、氷入れればオッケイ?』
「――――……知らないのに、入れて待ってるとか言ったの?」
『だって別に普通に入れればいいんだと思ったからさ、でもどーせ入れるなら美味しい方がいいじゃん』
「――――……ネットで調べれば? 出てくるよ」

 ため息を付きながら、そう言ったら。

『奏斗が美味しいってやり方で作る』
「――――……」


 ――――……何だか。
 何も言えなくなって、黙っていると。


『別に今日来てくれなくてもいーけど、今度の為に教えてよ』
「――――……」

『奏斗、好きなんだろ? 覚えるから』

 ――――……四ノ宮って、ほんと……。
 意味、分かんない。

 思いながら、コーヒーにお湯をまた落とす。
 

『今日美味しかったら、飲みに来て』 
「……電話で教えるの、めんどい」

『いいじゃん、手順だけ教えてくれたらできるし』
「――――……オレ、今……」

『ん?』

 ――――……待って。オレ、何言おうとして……。
 ちょっと、待てよ……。

 

「紅茶は、また今度教える。――――……オレ今、コーヒー淹れてる、よ」
『――――……』


「……飲む?」

 四ノ宮は、少し、黙った後。


『ていうか、オレの分、あるの?』
「……オレいつも、多目に淹れるって、前も言ったじゃん」
『――――……ふうん』

 くす、と笑って。四ノ宮はしばらく黙ってる。

「あ、飲みたくないなら良いよ。またね」

 そう言って切ろうとしたら。奏斗、と呼ばれた。
 スマホを耳に当て直すと。

『泊まっていいなら、行く』
「――――……」

『もー遅いし。そのまま泊まっていいなら行く』

 ……何言ってんのか分からない。四ノ宮。

「隣じゃん。すぐ帰れるじゃん」
『帰れるけど、コーヒー飲んで、そのまま一緒に寝たっていいじゃん』

「なんで一緒に寝るんだよ」
『寝たいからに決まってるでしょ』


「……もうめんどい。じゃあ、もう、来なくていい」


 ぶち。と電話を切る。
 すぐかかってくるけど。無視する。



 つか、オレの馬鹿。
 ……なに誘ってんだ、もう。






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