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近くて遠い

「ずっとこの顔」*大翔

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 しばらく無言だった先輩は。
 ムッとしてた顔の険を少し解いて、息をついた。


「……嫌いじゃないならさあ」
「――――……」

「……怒ってるなら言ってよ」

 先輩がそう言って、オレをまっすぐ見つめる。


「分かりました」
「じゃあ今のは? 何?」

 急に乗り出し気味。

「だから今のは何も怒ってませんって」
「うそだね、なんか、すげームッとした顔してたし」

「――――……してませんよ」


 怒る権利なんてないし。
 別に――――…… オレがあんたに、怒って言う事じゃない。


「なんで隠すの?」
「隠してませんて。早くこっちやりませんか?」

 オレが、なるべく普通の顔で、普通の口調でそう言うと。
 

「――――……まあ。そっか、先こっちか」

 先輩は少しため息を付いて。
 それでまた、もういいやと切り替えたのか。黙ったまま、資料に手を伸ばした。



◇ ◇ ◇ ◇


 先生に飲みものを貰って、飲みながら、どんどん資料を読み進めていく。
 かなり集中してやり続けて、ふ、と小さく息を付いた時。

 多分その僅かな息に気付いたのか。


「――――……やっぱり手伝って貰うと早いね」


 少し離れた所に座って、別の資料を見ていた先生が、こっちを見てそう言った。


「2人共優秀だから。随分減ってきたよ。ありがと」

 ふ、と笑みながらこっちに近付いてきて、壁の時計を見上げた。

「もう2時間か。そろそろ切り上げようか」
「でもまだ、結構残ってますけど」

 先輩はすぐそう言う。

「先生が平気なら、オレはまだ大丈夫ですけど」
「お腹空かない?」

「いつもまだ夕飯食べてない時間だし。まだ全然平気です」

 ――――……ほんと。
 人が良い、返事。

 多分これが素なんだから。オレにはよく分かんねえけど。


「四ノ宮くんはどうする?」

 掛かってきた声に、すぐに、大丈夫ですよ、と伝える。



 分かってる。オレが、何でここに残りたいか。

 オレのこれは。手伝いがしたい、訳じゃない。

 ――――……ここに先輩を1人で残したくないから。

 でも逆に、気にしてるような事がこの2人には起こらないだろうっていうのも、分かってる。

 なのに、何で残りたいか。

 ――――……謎すぎる。


 その時先生のスマホが音を立てた。

「もしもし――――……ああ……こんばんは」

 通話をしながら、オレ達に視線を流し、廊下に出て行った。


「……四ノ宮、ほんとに大丈夫? オレに付き合ってくれなくても大丈夫だからね。オレ今日、ほんとにどうしてもな用事なかったし」

 にこ、と笑ってそう言って。
 そのまま資料に目を向けてる。


 ――――……どうしてもな用事、無かった。
 ……どうにか出来る用事はあったって事?


 つーか、あれなんだよな。
 先週クラブで会ったの――――……木曜なんだっけ……。

 今日この後行く気なのか。
 明日ゼミだし、その後、合コンとか言ってるし。

 さすがに毎週は行かないか……。



「――――……あのさ、先輩」
「んー?」

「今日一緒にご飯食べません?」
「――――……」

 きょとん、とした顔で、オレを見てくる。


「……でもお前、さっき怒ってたんじゃないの?」
「怒ってないって言ってますよね」

「あ、ほんとに怒ってねえの? ふーん……」


 先輩はちょっと苦笑いして。
 それから、オレを見て。


「もうすこしさあ……分かりやすくしてくんない?」

 そう言って、持ってた資料をトントンと揃えてる。
 少し俯いて、見える首筋に。こないだの痕はもう消えてる。


 分かりやすく――――……しなくても、大体あんたが言う事はあってるけど。

 これ言うと、また怒ってた理由を問われるから言わない。



「じゃあいいよ」
「え?」

「えって何? ご飯食べようよ一緒に」
「ああ。――――……はい」


 少しぼーっとしてたら、返事がおかしくなった。
 すると、先輩。


「今オレの事誘ったよね???」
「誘いましたけど」

「……あーよかった。 なんか、盛大に空耳だったのかと思っちゃったよ」
「は?」

「……だって、いいよって言ったら、えっていうんだもんなー」

 ぷ、と笑い出す先輩。


「ほんと、四ノ宮、変な奴」

 あは、と楽しそうに笑ってる。



「何食べるか考えながらさ。早く終わらそ」


 言いながら、先輩はまた資料に目を通し始める。


 ――――……楽しそうで。
 なんか。


 ――――……ずっとこの顔がイイって。すげえ思う。





(2022/1/7)
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