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近くて遠い

「嫌いな訳が」*大翔

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 オレ。
 ――――……なんか。

 どーしてこんなに、あの人の事を気にするんだろうか。


 別に。……今時。
 ゲイなんて珍しくもない。
 芸能人も、バイやゲイやその他諸々、公言してたりするし。

 ……別に。
 先輩以外が誰とどうなってたって、何にも気にならない。

 なんでこんなに。
 あの人だと気になるんだ。


 椿先生と先輩が、とか。
 そんな可能性、ほぼ無いって分かってるのに。
 ゼミの男子生徒に手を出すなんて馬鹿な真似、あの先生がする訳ないとも思うし。先輩の、身近な所では嫌だっていうあれも、かなり本気だ。

 だから、無いって、分かってるのに。
 ……確認してしまった。


 何だかなあ、オレ。

 ――――……色々考えながら授業に出ていたら。

 予想通り、時間が少し延びた。
 ……少しというか、今日はかなり延びたかも。

 やっと終わって。何となく急いで、椿先生の部屋に向かって、ドアをノックする。どうぞーと声がするので、失礼します、と中に入ったら。


 ちょうどドアの真正面。
 机に座ってる先輩と、そのかなり近くに立っている先生。


 ――――……近すぎ。

 そう思って、ほんの一瞬だけ、挨拶が遅れた。



 ほんと、ムカつくんですけど。



 心の中の気持ちを言葉にしたら。
 きっと、それだった。

 ――――……言える訳ないが。
 意味も分かんねえし。



「遅くなってすみません」

 咄嗟ににっこり笑って、先生に向けて、そう言った。
 先輩の顔は、敢えて見ない。


「全然。ありがとうね、来てくれて。鞄、そこに置いてもらって……」

 すぐに笑顔になった先生の言う通り、鞄を置いた。


 もう先生の説明は受けたんだろう、先輩はオレが先生に話を聞いている間も、山となってる資料をぴらぴらと開きながら、付箋を貼り付けている。

 渡された論文をざっと読み終わった所で、付箋を渡された。


「四ノ宮くん、こっち座って」

 先輩の真正面。机の真ん中に資料を挟んだ席を指される。


「あ、はい」

 座って、追加の説明を受けて頷いた所で。


「急に手伝って貰って悪いね」


 先生にそう言われて。
 先輩が「勉強になるんで全然いつでも」と、笑ってる。

 ――――……本心だろうな。絶対。

「オレもいつでも手伝いますよ」


 ――――……半分本心。
 まあ確かに、勉強にはなる。
 でも……先輩がここに居ないなら、別にオレは、ここに来なくてもいい。

 だから、半分は、嘘。


「ありがとう、2人共」

 ふ、と笑った先生は、「ああ、そうだ」と言った。


「とりあえず、飲み物買ってくるよ。何が良い?」
「え、いいんですか?」

「うん。好きなの言って」
「あ、オレ買ってきますよ?」

「いいよ。資料進めてて」
「あー…… じゃあ、ミルクティーお願いします」

「四ノ宮くんは?」
「ブラックのコーヒーをお願いします」

「了解。行って来るね」

 先生は、椅子に掛けていた上着から財布を取ると、これまた絵になる感じで、手を振りながら、教室を出て行った。


「――――……」
「――――……」


 出て行った瞬間。
 先輩が顔を上げて、オレを見つめる。


「――――……何ですか?」
「……あのさあ。四ノ宮、さあ……」

「はい」

「――――……いや、やっぱ何でもない」
「は? 気になるんですけど」

「……いや、だって――――……」
「……なんですか」


「なんか怒ってない?」
「オレが、怒るような事、なんかしました?」


「……してない」
「じゃあ、怒ってないんじゃないですか」



「――――……」

 先輩はそこで黙って。
 ふ、と息をついて。

 また資料に目を通し始めて。

 それからしばらくして。
 ふと言ったのは。



「――――……四ノ宮って、オレの事、嫌い?」


 とか言い出した。



「……何でですか」
「――――……だって。すぐ怒るしさ」

「だからオレ、怒ってないって」
「――――……お前さあ」

「――――……」


 先輩の声が少し変わるので、口を閉ざすと。

「オレの前で愛想笑いしないのはいいし。そうするといっつも仏頂面な感じだけど、別にそれもいいけど――――…… 怒ってるのも、なんか分かるんだよ。怒ってるのに何も言わないのは、オレ、嫌だ」


 んな事言われても――――……。
 怒ってる訳じゃない。

 ――――……あれで怒るとか。
 ……そんな権利はないのも分かってるし。


「……オレのこと、嫌いだから、いっつもそんな感じになっちゃうなら」

「――――……嫌いな訳ない」


 とりあえず、それだけは絶対。



「――――……嫌いなら、あんたが居るとこに、来ない」


 先輩は、少し困った顔で、オレを見つめて。
 しばらく。無言になってしまった。







(2022/1/6)

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