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1ミリ近づいて

「男じゃない?」*奏斗

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「はい、どうぞ」

 オレが入ってきてから、キッチンの方で何かしてた四ノ宮は、マグカップを持ってきて、目の前のローテーブルに置いた。

「ココア?」
「ん。まあさっきよりは落ち着いてそうだけど、とりあえず」


 ――――……ココア飲んで、落ち着いてって、事か……。
 よっぽどさっき、動揺して見えたって事だよな……。
 
 
「……ありがと」

 すげーあったかい、気がする。

 四ノ宮も、マグカップを置きながら、ソファではなく、ローテーブルをはさんだ向かい側に座った。


 はーほんとなんか絵になんな、こいつ。
 王子ねー。

 うさんくさいなっていうフィルターが消えたら、そう見えてきた。

 落ち着いてるし、基本は優しいし。別に変な風に作らなくても、このままでいいと思うんだけどな。と。……今は地雷踏まないように余計な事は言わずに行こ。


 にしても――――……何があったか話さないと、きっと四ノ宮、ずっとこの顔してそう。


「あのさ……さっきの話……していい?」
「……」

 話せんの?という顔でちらっと見つめてくるから、そのまま話を続けることにした。


「あの……元カレがさ……」

 言った瞬間、四ノ宮がふ、とオレをまっすぐ見つめた。


「――――……高2の時、引っ越していったんだけど……そのままいなくなるのかと思ってたら、大学からこっちに戻ってきたみたいで。真斗が会ったんだって。あ、幼馴染で近所だからさ、母さんも真斗も、そいつのこと知ってて……で、オレの連絡先、聞いてたって聞いて……」

「――――……」


「……オレもう完全に忘れたと思ってたから――――……何であんなに動揺したか自分でも分かんないんだけど……」

「――――……」


「もう、落ち着いたから平気だから。……ごめんな、なんか……急に帰ってとかさ」

 四ノ宮、何も言わないで、ずっと話を聞いてくれていたけれど。
 ふ、とため息をついた。


「質問したら、答えてくれますか?」
「――――……聞いてから、決めても、いい?」
「……はい」


 オレのセリフに、一瞬止まって。
 それから、数秒。


「幼馴染と付き合ってたんですか? いつから?」
「――――……中学で好きだって分かって、卒業式に告白して……」

「――――……」

「……高2まで」

「引っ越すから別れたの?」
「……まあ……きっかけは、そう、かな……」


 何となく、濁す。
 ――――……ここ以上は、別れた時の話はしたくない。

 そう思って、濁したまま、俯くと。
 四ノ宮は、ため息をついた。


「……恋人いらないって言ってるのは、その人のせい?」
「――――……」


「……まだ好きだから?」

 その質問には、首を振った。


「もう、好きじゃない。ただ――――……」


 そこまで言って、言葉が出なくなる。
 四ノ宮も黙った。



「――――……ただ、もう、男と付き合うとかやめようって」

「――――……」



「そう思っただけ……」


 言って、黙っていると。
 四ノ宮は、もう一度、深いため息をついた。



「――――……あのさ、先輩」
「――――……?」


「オレ――――……あんたが、ゲイなのは全然良いし」
「――――……」


「抱かれる方っつーのも、まあしょうがないかと思うけど」
「――――……」


 何、言ってんだろ。こいつ。



「でも、ちょっと覚えといてよ」
「……うん?」


「――――……恋人でもない色んな奴にしょっちゅう抱かれてんのとか」
「……?」


「――――……すげえムカつく」



 ――――…………はい???


 どういう事?
 抱かれるってのは良いけど。

 恋人じゃない奴にって。
 しょっちゅう……しょっちゅうって……。

 だからしょっちゅうじゃないって言ってんじゃん!!!

 ていうか、オレ、抱かれる方だって言ったっけ?!
 勝手に決めやがってー!

 さっきまで和希の事で落ち込んでた頭に、色んな抗議が浮かんでくる。



「なんだよ、ムカつくって……?」
「……ムカつくって言ったら、ムカつくんですよ」

「なにそれ、今のって、恋人にならいいって事?」
「――――……まあ、多少は」


 なんだよ、多少はって!
 全然意味がわかんねえし!


「……だって四ノ宮だって、こないだの女の子、当日引っ掛けた子だって言ってたじゃん。恋人じゃなくてもそういう事するだろ?」

「オレは――――……良いんですよ、男だし」

「……はあ?? 何それ、オレは男じゃないっつーの?」
「……っそうじゃなくて」

「だって今そう言ったじゃん!」

 思わず。声が、大きくなってしまって。抑えようと、俯いた。


 何だそれ。
 ――――……抱かれてるから? 


 ……男じゃないの?



 ――――……っむかつくのはこっちだっつの。


 なんか。
 泣きたくなってきた。



 ゲイだと。抱かれる方だと、男じゃないつーの?


 ――――……意味わかんない。

 恋人でもない奴に、しょっちゅう抱かれてて、ムカつくって。



「お前に、関係ないじゃん」
「――――……」 

 俯いたまま、低い声で、そう言って。
 オレは、立ち上がった。


「帰る」
「――――……っ」


「……だからオレ――――…… だれにも、知られたくなかったんだよ」


 知られて、良い事なんか、いっこもないから。



「――――……」


 何か言いたげだった四ノ宮は、息を飲んで。
 何も、言わなかった。



 オレは、立ち上がって。

 ――――……四ノ宮の家を、出た。 





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