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1ミリ近づいて
「最悪」*大翔
しおりを挟むその時。
先輩のスマホがテーブルの端で鳴った。
「あ。真斗だ。ごめん、ちょっと待ってて?」
オレが頷くと。すぐに、通話を始めた。
「もしもし真斗? どうしたの?」
……ほんと仲いいな。
昨日の夜も電話してたよな。
「ん、誰って? ――――……え……?」
先輩の顔が、急に強張った。
――――……なんだ?
「……何で? ……うん…… ん…………」
顔。なんか、やばい。
声も。
先輩は、不意に立ち上がって、ベランダに繋がる窓の前まで歩いて行った。
部屋の中は静かなので、それでも、聞こえてしまう。
「……うん。ごめん、絶対教えないで。ありがと。――――……うん」
先輩の声。
――――……震えてるように、聞こえる。
「……母さんにも、言っといて。 絶対、教えないでって。うん……」
所々聞こえないが、何となく、言ってる事は分かる。
それを、泣きそうな声で、伝えている事も。
「うん――――……ありがと、真斗……じゃあね」
電話を切って。
でも少しだけ振り返らなくて。
窓の外を見ていて。
泣いてるのかと、気になって。先輩の背を見ていたら。
小さく息を吐いてから、その場で、こっちを振り返った。
少しだけ、笑んで。
「……ごめん、四ノ宮――――…… 帰ってくれる?」
「――――……」
「…………ちょっと、考えたい事が、できて…… ごめん」
オレ、居た方がいいですか?
そう、思ったけれど。なんだか、言えなかった。
多分、今は、必要ない。それは分かる。だけど。
何だか様子が変だから、居たい。
――――……けど。
「……分かりました」
仕方なく立ち上がって、玄関に向かう。
靴を履いた所で、先輩が出てきた。
玄関まで歩いてくるので、振り返って待っていると、目の前で立ち止まった。
「……ごめんな?」
――――……腕を組むみたいにして、自分の腕を、ぎゅ、と握ってる。
支えが欲しいみたいに。
手が、震えて見えるのは、気のせいなのか――――……。
「先輩」
オレは思わず、その二の腕を、軽く掴んだ。
驚いたように、先輩がオレを見上げて。
「大丈夫なんですか?」
そう言った瞬間。呆けたように、オレを見て。
「先輩?」
「…………っ……」
はっとしたように焦った顔をした先輩に、手を振り払われた。
「――――……っごめん、帰って。 本当に、大丈夫だから、オレ」
泣きそうな顔で、でも、はっきりとそう言った先輩に。
もうそれ以上は、何もできなくて。
オレは、自分の部屋に、帰ってきた。
ソファに腰かけて。
――――……背もたれに寄りかかった。
――――……何だあれ。
弟からの電話。
何だ?
誰かに、何かを教えるなって。
弟と母親に、頼んで――――…… 何を?
でも、あれは、さすがに聞ける雰囲気じゃなかった。
やっぱり、手、震えてた。
――――……何なんだ、本当に。
「あ」
――――……救急箱、置いてきた……。
今はやめて――――……後で、連絡入れよう。
――――……最後の、顔が忘れられない。
何回か話してる時に影を落とした表情を、オレに見せてはいたけど。
それはすぐ、吹っ切って、また明るく話し出したり出来る程度のものだった。
最後のはもう、取り繕うことが出来ない程、動揺してて。
震える手を握り締めて。
それまで、あんなに素直に、ぽろぽろ涙を見せてたくせに。
最後は、泣く事もせずに、ただ泣きそうに顔を歪めて堪えていた。
「――――……」
深いため息が漏れて。
そこまで踏み込む権利もない。
関係も、ない、さっきのことは忘れよう。
そう思うけれど、先輩の顔が頭から離れなくて。
最悪な日曜を、過ごした。
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