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1ミリ近づいて
「痛み」*大翔
しおりを挟むふっと、先輩が急に、顔を上げた。
その一瞬で、雰囲気が変わった。
「つか、何で実家の事とか、聞くんだよ」
「は?」
ぶー、と膨れて。多分、敢えて明るく、そんな風に言う。
「……なんかあまりに自然に聞くから、普通にこんな暗い話しちゃったじゃん! ごめんな、なんか暗くなって」
――――……さっきまでの雰囲気を自ら吹き飛ばして、そんな風に言う。
「……先輩、別に嫌な事は、話さなくても良いですからね」
「――――……え」
「協定って、別にそんな事にしたつもりないですから」
「――――……」
「他では話せなくて、ほんとは誰かに言いたいって事なら、聞きますけど」
別に話したくない事まで、聞かれたからって話さなくてもいいのに。
苦笑いでそう伝えると。
先輩は、少し、首を傾げて、オレを見つめた。
「……わかんないな。真斗以外とこんな話するの初めてだし」
「――――……」
「もしかしたら、聞いてほしかったのかもしんない……」
また静かに、視線が落ちた。
ああ、なんかオレまた余計な事言ったかな。
せっかく戻ってた先輩の笑顔が、また――――……。
――――……ズキ、と奥が痛い。
さっき、先輩の笑顔を見ていた時に感じた、ちくっと刺さるみたいなのとは違う痛み。
先輩が泣いてると、奥が、重く痛い。
「……あのさ、先輩」
「――――……うん?」
「……息子がゲイって知らずにキスシーンなんか見たら、頭の固い親父たちの年齢じゃ、しばらくは受け入れられない人も居ますよ。時間がいるんですよ」
「――――……」
「そんなんで落ち込む事はないですよ。先輩が自分で、もうゲイってとこは譲れないっつーなら、迷わなくていいじゃん。親父さんだって、ほんとは認めたいけど、息子が男とってのを認められないだけだと思うし」
オレが――――…… あんたが男と。男に、抱かれるとか。しかも、恋人じゃなくて、見知らぬ他人に、乱されるとか、泣かされるとか、全然許せる気がしないのと、同じように。
そんなの本人の嗜好の話で、それが良いって本人が言ってるなら仕方ないって分かってても、認めたくないとか、オレが今、思うみたいに。
先輩は、しばらく、ぽかん、とオレを見つめていたけれど。
「――――……うん……分かってる。時間が必要だって…真斗にも、自分でも
言ってる、し……」
ぽつぽつと、そう言って。テーブルの上で合わせた手を心許なく握っていた。その手を何となく見つめていたら。そこに、急に、ぽつん、と雫。
え。
まさかと思って先輩の顔に視線を向けると。
「…………っ」
また、泣くし。
――――……ほんと、泣きすぎ。
メンタル……弱ってんじゃねえの?
大学ではいつでもキラキラしてんのに。
俺なんかより、よっぽどこの人の方が、外を繕ってる気がしてきた。
「――――……」
テーブルの隅にあるティッシュのケースを、先輩の前に置くと。
「ありがと」
と言って、涙を拭いて、汚い感じで鼻を噛んでる。
「どんだけ鼻水……」
苦笑いを浮かべてしまうと。
……涙目の先輩が、それでも何だか笑顔で。
「……四ノ宮、ほんと優しいな」
クスクス笑い出す。
「泣いてんのに、何、笑ってんですか……」
呆れて言うと、ごめん、と笑う。
「ごめん、なんか――――…… 色々、お前に隠そうって気が無くなってるかも」
「――――……」
「泣くのとか……普段なら絶対無いのに」
「――――……」
「ごめん、気を付けるから」
やっと色々拭き終わってティッシュを持って立ち上がる。
ごみに捨ててから、戻ってきて、目の前に座り直した。
「――――……あんたが泣いても気にしないからいいですよ」
「……気にしないって」
くす、と笑う先輩。
「なんかもう結構何回も見てるし――――……隠さなくて、大丈夫ですよ」
「――――……」
少しだけ唇を噛んだまま。
ん、と頷いて。それから、ふ、と笑って。
「――――……うん」
先輩は、少し嬉しそうに笑って。
小さく、頷いた。
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