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1ミリ近づいて

「帰ればいいのに」*大翔

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「ちょっとって言いましたよね、血」
「――――……まあ」

「これ、ちょっとですか」

 先輩の手を見て、大きくため息。
 血が結構出てるし。はーほんとにもう……。

 手首をつかんだまま、流しに向かって先輩を引っ張ると。


「え、何すんの」
「とりあえず水で流します。プランターじゃバイ菌入ったら困るし」
「い、嫌なんだけど」

「普通流すでしょ」
「じゃあそーっとやってよ」

「…………」

 はー、とため息。

 ある程度の勢いは出して、水で流す。


「――――……っ」

 結構、血は出てたけど、洗ってみたら、そんなには傷は深くなくてほっとした。


「痛いって……」
「我慢しててください」

 洗ってる間、ものすごい強張ってて、かなり拒否気味に体が引けてる。
 ……子供かよ。


 ため息を付きながら洗い終えて、傷薬を塗って、少し大きめの絆創膏を貼った。

「はい、終わりましたよ」
「…………っありがと」


 ……泣くなよ……。

 ほんと良く泣くな、この人。


「何でそんな、よくため息つくの四ノ宮って」
「――――……ついてました?」

「……よくつくけど。 あと、眉が寄る、ここにすげーシワ……」

 怪我をしていない方の指で、つい、と眉間を触られる。
 

「……っ」
 思わず顔を引くと。


「あ。と。――――…… 触られんの、嫌い?」
「――――……」


 別に嫌いとかじゃ――――……。
 なんか今……ぞわ、として。


「……あー……と。大丈夫だよ、オレ。四ノ宮に何かしたりしないから」
「――――……は?」

「……そういう意味で警戒してるんじゃないの?」

 ふ、と笑う。

 ――――……つか、何でそんな事いいながら、笑うかな。


「そんな事思ってないです」
「――――……ん」

「思ってないですよ」
「……ん、ありがと」

 立ち上がって、先輩がオレに背を向ける。


「朝ごはん食べた?」
「……はい」

 んなこと、何も思ってねーのに。
 警戒して、嫌で触られたくなかったとかじゃねえし。


 絶対納得してなさそうなのが不満で、不機嫌に答えると。


「……またなんか怒ってるし」
「――――……怒ってなんかないです」

 そう言うと、ちらっと振り返ってオレを見て。

「……四ノ宮、普段のニコニコ顔、ちょっと見せてよ」
「今むりです」


「……やっぱり怒ってるじゃん」

 もう、何で怒ってるのかなあ。
 ぶつぶつ言いながら、先輩はキッチンの方に向かう。


「……オレ朝飯食べてないから、作ってイイ?」
「――――……オレ帰りますからどうぞ」

 そう言いながら、救急箱を片付けていると。


「コーヒー淹れるけど。飲まない?」
「――――……」


「別に無理にとは言わないけど。オレ、朝は絶対淹れるから」

 帰ればいいのに。


 この人といると、なんか、気分が――――……。
 落ち着かなくて、疲れるのに。



「……飲みます」


 そう言ったら。


「――――……」

 何秒か黙ってから。 先輩が、ぷぷっと吹き出した。


「は? 何ですか?」

「だっ――――……てさぁ……」

 だめだ、とまらない、とか言いながら、笑って。


「もう、絶対帰るって言いそうな顔で、飲みますとかさー」

「……」

「なんか可笑しい」

 クスクス笑われて、なんかムカつくけど、何でだか、言葉が出てこない。




「まーいいや」

 まだ笑いながら、先輩はオレを見つめる。


「コーヒー、苦い方がいい? 甘い方がいい?」
「――――……苦いの」

「了解~。座ってて」


 笑顔の先輩に特に答えず、昨日も座ったテーブルについた。




 ……なに座ってんだオレ。




 来なきゃ良かったし。
 ――――……帰ればいいのに。







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