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よりによってなんで?

「ほんと、マジ、無理」

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 今日の相手は、顔も良いし、体も良さそうだったし。
 クラブに居た奴の話だと、うまそうだったし。

 良さそうで良かったなんて思いながら。

 男とホテルに来て、部屋を選んで――――……その部屋の前に立った時。
 隣の部屋の客がやってきた。

 あんまりこういうとこで鉢合わせる事ってないのに。

 早く鍵開けて。
 そうは思っていたけど。でも別にそこまで焦っては居なかった。

 オレは帽子をかぶってたし、女の子でも着そうな可愛い服を着てたし、
 顔、逆側向いてれば、男だとはバレないだろうし。


 なのに。

 ……ここからが、いけなかったんだ。

 隣から聞こえた声を。何だか聞いた事がある気がして。
 ん? と思った。

 そしたら女の子が「ひろとくん」とか呼んだ。 
 え、この声でひろとくんて、まさか。

 でもそんな訳ないよな、こんなとこで会うなんてそんな訳無い。

 そもそもこんなドアの前で他の部屋の人と隣になるとかあんま無いし、それでたまたま会った人が知り合いとか。そんな訳ない。


 そう思ったんだけど、すごく気になってしまった。
 馬鹿だった。

 一瞬迷った。見ない方がいい。そう思った。

 なのに、「あ、なんだやっぱり別人じゃん」と安心したくて。
 顔を上げて――――……ちら、と見てしまった。


 オレの視線に気づいたらしい、その男は。
 オレとばっちり視線を合わせて、めちゃくちゃ固まった。


 もはや間違いなく。
 四ノ宮大翔――――……。


 慌てて、ばっと視線を逸らす。
 だ、大丈夫。多分。帽子で髪が大分落ちてて、瞳とか大部分隠れてるし。

 なのに。


「どーしたの、ユキくん。入ろ?」

 タイミング悪く、一緒に入ろうとしてた男がオレの名を呼んだ。


 こ。こいつ、バカなの??
 こんなとこで、男のオレの名前呼ぶなよ!!

 オレが顔を不自然にあいつから逸らしてるのが、分かんねーのかー!!


 ……ほんと、マジ、無理。

 
 おそるおそる、そちらに目をやると。
 四ノ宮大翔は固まったままこちらを見てて。



 オレと視線が合うと、少し後。バイバイと手を振った。

 すごく楽しそうに、にっこりと笑いながら部屋に消えていった……。




 あ。……終わったな。
 これ。



 オレがゲイである事は、ほんとに限られた空間でだけ解放してる事で。しかも別にそんなに回数多いわけじゃない。

 どうしても。誰かと、したくなった時に。
 ほんとに2時間以内の、解放時間。


 そこでだけ、解き放たれれば、あとは、もう全部隠して、
 楽しい日常生活を、ノーマルに、送る。


 それだけで、いいのに。


 マジ、ありえない。

 オレの日常に、ゲイバレなんてものは、絶対必要ない。
 カミングアウトなんてする位なら、死んだ方がマシ。


 しかも、よりによって、四ノ宮が居るのは、オレが大事にしてる日常の世界の中でも、今のオレの人生の大部分を占めてる大学の、すごく入りたかったゼミで。

 そこでばらされるとか。かなりキツイ。


 ていうか、キツイっていうか。


 もう、ゼミ。
 行けなくなるんじゃないかな……。


 ……嘘だろ。
 眩暈がしてきた。




◇ ◇ ◇ ◇



 ラブホの部屋に入った途端、ベッドの端に腰かけて、どうしたらいいんだと狼狽え、どうにもできないと悟り、明日からどうしようと死ぬほど悩んでいたら。

 一緒に来た男が、オレの肩に触れた。

「どうしたの、ユキくん?」
「……大丈夫。ごめん、先にシャワー浴びてきてくれる……?」
「分かった」

 今日クラブで知り合った時、名前聞いたんだけど……なんだっけ。
 もう衝撃がでかすぎて、忘れちゃった。

 そいつの手が、首筋に触れて、撫でていく。

 首筋触られるの、弱い。

 いつもなら、そんな接触にも、ぞく、と感じて。
 一緒にシャワー浴びようかななんて、なる所なのだけれど。


 ……それどころじゃないっつーの!!

 つか、マジ、どうしよう!!

 なんでよりによって、一番秘密にしてくれそうにない……。
 いや違うか? 秘密にする代わりに、何か求めて来そうな……。

 いやそれもなんか違う。
 そういう表立って悪いことはしなそう。

 なんつーか……。

 っもういいや、とにかく、あの正体不明のあいつに見られるなんて。

 何であいつなんだよー!! わーもう……!! 

 ……どうしよう。マジで。


 オレ、マジで、あいつに、関わりたくなかったのに。
 よりによって、こんな最悪な事で絡まなきゃいけないの?


 ほんと、勘弁してよ。






 どうしようどうしようどうしよう。




 まさかホテルに来ておいて、今日は無しで、なんて言う訳にはいかなくて。
 ――――……一応そいつと寝たけど。

 
 隣の部屋だし、声聞かれたらなんて思ったら絶対出せなくて。
 いやもう、そもそも、何だか本当にヤバいくらいに何も感じなくて。声を我慢する必要すら無かった。


 なんだかあまりに申し訳なくて。


 ごめん、なんかすごく体調悪くて。
 そんな風に、相手に謝ったのなんて、初めて……。

 体調悪かったなら、する前に言ってくれたらよかったのに。
 また今度クラブで会ったらリベンジしようね、なんて言ってくれた。

 ……優しい男で良かった……。

 2時間で出たら鉢合わせそうで嫌なので、1時間もしないで、帰ってきた。


 自分のマンションに帰って、靴を脱いでその場で座り込んでスマホを手に取った。

 ――――……四ノ宮大翔の名前。

 ゼミの連絡用ルームに居て、ただグループで繋がってるだけ。
 一度も個人的には連絡を取ってないから、個別に友達登録はされてない。

 連絡とるには、まず、こいつを、友達に追加しないといけないのか……。

 ……無理だ。
 
 友達としてつなげた瞬間、あ、ゲイバレたからつなげてきたんだなと思われるのかと思ったら、友達追加ボタンすら押せない。


 でも明日。
 ゼミが、ある。

 ……5限に。
 



 オレの楽しい大学生活は……明日終わるのかな。




 はー。

 ――――……むり…………。



 廊下にそのまま、ごろん、と転がる。

 こんな所で寝転がるの初めて…………。


 この廊下の電気て、あんなだったんだ……
 初めて見たかも………。


 もう現実逃避な思考しか浮かばない。

 だってオレにはもうどうしようも出来ない。


 四ノ宮の、行動次第。




 ――――……おわった、な……。




 ながらく起き上がれないまま、あのホテルに行った事、やめろと思ったのに振り返った事を後悔するしかなかった。
 





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