「今日でやめます」

悠里

文字の大きさ
上 下
37 / 38

エピローグ

しおりを挟む
 翌日。

 まだ横で、慎吾と環が寝てる時。目が覚めたオレは、ばあちゃんのノートをじっと見ていた。いつ、書いてくれてたのか。きっと、ずっと昔から、オレのために書き綴ってきてくれたんだろうと思うと、丁寧に書かれた文字に、色んな思いがこみ上げてくる。しばらく見つめてから、静かにノートを閉じると、スマホを手に取って、庭に出た。

 父さんの番号。
 何度か鳴って、つながった。

「もしもし、父さん?」
『碧? どうした?』

「……あのさ。今オレ、ばあちゃんのとこに、来てる」
『――――』

「……仕事やめて、ばあちゃんちに来た」

 そう言うと父さんは、少し黙った。
 絶対に、叱られると思って言った。オレの仕事に興味は無かったと思うけど、父さんの薦める仕事をやらずに、務めた仕事まで、やめるとか。許さないだろうなと思ったのだけれど。
 意外にも、静かだった。だから、話を続けた。

「オレさ、父さん……外交官が嫌だった訳じゃない。……ただ、オレ、料理が好きだった」
『……そうか』
「ホームページを作る仕事も、実は、好きだったみたいで。好きなこと、頑張ってやりたいって……今更だけど、思ってるから」

 否定されてもなんでも。父さんにちゃんと言うって思って電話したので、とにかく言い切った。
 何を言われる覚悟も、していた。でも。

「オレも、お前の夢を分かろうとも、しなかった。……悪かったと思ってる。母さんにも伝えておく。行くまで、ばあちゃんを頼む』
「――――分かった」

 拍子抜けするような反応に、驚きながら、頷いたら。
 父さんが、笑った気配。

『……ばあちゃんからも、聞いた』
「え?」
『……電話が来たんだ。碧のこと、色々聞いていたけど……』
「――――」

『お前が、そんな風に、自分のことをはっきり言うのは、初めて聞いた。……もう少ししたら、帰るから。話そう』

 うん、と、オレが頷くと。電話が、切れた。
 こんな電話を父さんにして――――こんな穏やかに話せるとか。

 ……ばあちゃんの電話があったとしても。
 最後の言葉は――――少しは、認めてくれたのだろうか。


 縁側に腰かけて、はー、とため息をついた。
 多分これは、最初の一歩だろうけど。……ちゃんと踏み出した大事なものだと、思う。




 その日。環と芽衣は祭りが終わって、短い夏休みが始まったらしく、朝から温泉に行くことになった。
 というのも。芽衣が朝から。

「ねー今日、温泉行こ? 地元の癒し。水着で混浴あるから。それからばあちゃんのお見舞い、いこう」

 もう行く気満々なので、即決まり。慎吾の車で、向かった。

 広い温泉。気持ち良くて、ぬるいお湯につかっていると、カラフルな壁。
 その中の一つに、黄色く塗られた壁が見えた。それを見ていたら、ふと、思い出した。

 あれ、何なんだろうなあ、と思いながら。
 なんとなく、ぼんやりと。横で、お湯に浸かってる三人に、そのことを話しはじめた。

「なんか全然分かんないんだけどさ。不思議な記憶っていうか……浮かぶことが、あってさ」
「……ん??」

 皆が、不思議そうにオレを見つめて、聞いてる。

 こんな曖昧なこと。
 誰にも話さずに来たけど。

 ――――なんとなくこいつらなら、聞いてくれそうな気がして。
 オレは、ゆっくりと、話した。


「目の前が全部、黄色でさ。すごく綺麗で、嬉しいんだけど……でも、すぐになんだか、すごく怖くなって……それで、その後また、安心するような、変な感じで。これが思い出なのかすら、よく分かんなくて……黄色が好きなような、なんか怖くて嫌いなような……全然意味が分かんないわけ。たまーに、ふっと、浮かぶんだけど……」

 ……って、話したからって、どうなるってこともないんだけど、と思いながら言い終えた。
 すると、興味深そうに聞いていた三人が顔を見合わせて、ふ、と笑い出した。

「……? 何?」

 オレが不思議そうにすればするほど。クスクス笑う三人。

「何だよ??」 ちょっとムッとして、そう言うと。
「今日はこの後ばあちゃんのお見舞いだからさ。明日、いいとこにつれてってやるよ。それまで、内緒な」と慎吾が言う。

 ……何が内緒なんだか。笑ってる意味も、内緒の意味も、全然分からない。
 でも、オレは、頷いた。この話をした上で、連れてってくれる「いいとこ」ってなんだろ。と、不思議に思いながらも。楽しみに思えたから。
 
 その後、見舞いに行くと、ばあちゃんは、大分回復していた。二、三日で退院できるという。
 オレが「待ってるね」と言うと、ばあちゃんはにっこり笑った。見舞いの帰り、また皆で一緒にばあちゃんの家に戻った。
 そのまま、翌朝。車で少し遠出。大分走ってから、運転席の慎吾がオレをチラッと振り返った。

「なぁ碧、ここから、目つむってて」と言われる。なんで? と聞くと。
「感動するもん、見せてやるから」と。

 そう言われたら仕方なくて、言うことを聞いて、目をつむっていると、どこかに車が停車した。
 車を降りて、しばらくまっすぐ。環が、誘導してくれる。

「いいよ。目ぇ、開けて?」

 慎吾の声に、目を開けると、眩しくて、一瞬、目を細めた。
 目の前に広がったのは、一面の、ひまわり畑。


 うわ。

 ……すげー。一面の、黄色、だ。



「これでしょ、碧くん?」

 芽衣がわくわくした顔で聞いてくる。

「綺麗な黄色で、怖くて……」
「……綺麗だけど……怖くないだろ?」

「ふふ。しゃがんで、下に来てみて?」

 そう言われて、ひまわり畑の下にしゃがんでみる。

「ひまわり畑の下は、まっくらで、こわいよね? 小さい子供にとっては、さ?」

 意味ありげに言う、芽衣に、「――――何それ??」と、オレが首を傾げると。環がクスクス笑う。

「碧くん、ほんとに覚えてないんだね」

 何をだろう、と考えていると。

「昔ね、夏休みに、皆でここに遊びにきたことあるんだよ。そしたら、碧くん、下に入って、奥の方で。すっごい大泣きしちゃったの」
「――――」

「で、泣いたお前を、ばあちゃんが探し出して、おんぶしてあげてさ」
「――――」

 芽衣に続いて、慎吾にも言われてる内に。

 ――――なんだか、記憶が、繋がっていく。


 目の前に。
 一面のひまわり。
 
 綺麗で、嬉しくて。
 急に怖くなって。


 ――――安心したのは、ばあちゃんの背中か。
 あのほっとして、あたたかかった記憶は。



 ふ、と笑いが零れた。



「……思い出した、かも……」


 泣いてたオレを、見つけ出してくれた、ばあちゃんの、笑顔も。



 三人はクスクス笑って、オレを見つめる。


「私たち、毎年、ひまわりが咲くと、この話してたもんねー」
「そうそう」
「碧の中で、そんな訳わかんないぼんやりになってたとか。面白いなー?」

 クスクス笑われながら、ひまわり畑を歩く。


「めぐばあちゃんはさ、おんぶで寝ちゃった碧くんのこと思うと、可愛くて、もうそれだけでいいんだよねって、言ってたんだよねー。どこにいても、何しててもいいって。すごくない?」

 ふふ、と笑う芽衣の、そんな言葉に、胸が、熱くなる。


「……ちょっとオレ、中入ってくる」
「迷子んなって、泣くなよー?」
「泣かねーよ」


 ひまわりの背は、高くて、その下は、暗い。


 ああ、これか。
 怖くなって、しゃがんで、泣いてた。



「碧くん」

 今は顔が見える。

 ばあちゃんの笑顔だ。


 ――――抱っこしてひっぱりだしてもらって、安心して、泣いたっけ。
 おんぶされた背中は、あったかかった。



「碧ー?」


 慎吾の呼ぶ声がする。


 上を見ると、青空だ。
 立ち上がれば、辛うじて、ひまわりの向こうが見える。



 暗かった思い出が。

 綺麗な黄色と、ほっとした気持ちで、輝くみたいな、不思議な気分。






 今日でやめます。と言って、こっちに来た。



 あの日、何をやめたんだろ。



 いろんなことをやめて。
 いろんなことをはじめた。




 青い空と、眩しい太陽、白い雲。
 一面の元気な、ひまわりの黄色。







 今日も明日も絶対、良い日にしよう。
 そう、思った。












★ Fin  ★















ここまでお読みくださった方。ありがとうございました( ノД`)

最後の方、全部最後まで書いてから分けて投稿しようとしてたら、
数話ギリギリになってしまいましたが、書きたいことは詰め詰めして、
なんとか、大賞期間内に完結マークを付けられました。

今回は書き終えることを目標としてましたので。
なのにライト文芸ジャンルで一位にもなれて( ノД`) 
思い残すことは……
もすこし推敲したいなというそれだけです…(^^💦
頑張ります。

とにもかくにも。
お読みくださったみなさま、感謝です(*'ω'*)✨精進します✨。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

無名の三流テイマーは王都のはずれでのんびり暮らす~でも、国家の要職に就く弟子たちがなぜか頼ってきます~

鈴木竜一
ファンタジー
※本作の書籍化が決定いたしました!  詳細は近況ボードに載せていきます! 「もうおまえたちに教えることは何もない――いや、マジで!」 特にこれといった功績を挙げず、ダラダラと冒険者生活を続けてきた無名冒険者兼テイマーのバーツ。今日も危険とは無縁の安全な採集クエストをこなして飯代を稼げたことを喜ぶ彼の前に、自分を「師匠」と呼ぶ若い女性・ノエリ―が現れる。弟子をとった記憶のないバーツだったが、十年ほど前に当時惚れていた女性にいいところを見せようと、彼女が運営する施設の子どもたちにテイマーとしての心得を説いたことを思い出す。ノエリ―はその時にいた子どものひとりだったのだ。彼女曰く、師匠であるバーツの教えを守って修行を続けた結果、あの時の弟子たちはみんな国にとって欠かせない重要な役職に就いて繁栄に貢献しているという。すべては師匠であるバーツのおかげだと信じるノエリ―は、彼に王都へと移り住んでもらい、その教えを広めてほしいとお願いに来たのだ。 しかし、自身をただのしがない無名の三流冒険者だと思っているバーツは、そんな指導力はないと語る――が、そう思っているのは本人のみで、実はバーツはテイマーとしてだけでなく、【育成者】としてもとんでもない資質を持っていた。 バーツはノエリ―に押し切られる形で王都へと出向くことになるのだが、そこで立派に成長した弟子たちと再会。さらに、かつてテイムしていたが、諸事情で契約を解除した魔獣たちも、いつかバーツに再会することを夢見て自主的に鍛錬を続けており、気がつけばSランクを越える神獣へと進化していて―― こうして、無名のテイマー・バーツは慕ってくれる可愛い弟子や懐いている神獣たちとともにさまざまな国家絡みのトラブルを解決していき、気づけば国家の重要ポストの候補にまで名を連ねるが、当人は「勘弁してくれ」と困惑気味。そんなバーツは今日も王都のはずれにある運河のほとりに建てられた小屋を拠点に畑をしたり釣りをしたり、今日ものんびり暮らしつつ、弟子たちからの依頼をこなすのだった。

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...