「今日でやめます」

悠里

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第34話 教訓

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 結局、和史くんは、マンションの引っ越しや手続きも多くて数日かかりそうだからと別れて、オレと慎吾だけが帰ることになった。

 オレは、途中で降ろしてもらい、電車で住んでいた町に。色んな手続きが終わったら、慎吾が打合せをしてる駅に電車で行って、合流して帰ることになってる。

 今日も暑い。というか、こっちはもっと暑い。
 久しぶりに、この、空が狭い感じ。

 こっちが長いオレは、これも、懐かしい気もするけど。
 ……なんというか――――向こうの空は、あれだな。懐かしいというよりは、恋しいっていうか。

 早く帰りたいな。と思いながら、途中で、ファーストフードに寄る。
 ……こういうのは、たまには食べたいかも、と思ったりしつつも。

 思い浮かぶのは、昼、畑のところで食べたり、家に人が来たり。
 こっちでは、あまりしないだろうなーという光景の、お昼ご飯。
 まあそもそも、あんな開けっ放しの広い家が無い気がするけど……。

 ばあちゃん、昼、何食べてんだろ。
 ポメ子と一緒に食べてんのかな。

 あ。畑、行ったかな? 最近は、あの荷物を入れてコロコロ引くカートも、オレが持ってるし。一人で行ってないといいけど。暑いから気を付けてって言えばよかった。つか、畑、行くなら明日一緒に行くからって言えばよかったなぁ……。

 ばあちゃんちに電話を掛ける。
 出ない。やっぱり行っちゃったのかなと思って、スマホにもかけたけど、出ない。

 ……大体にして、ばあちゃん、スマホ出ないんだよなぁ。見ないし。念のため持ったということらしいけど、皆、直接家にきちゃって、ほとんど連絡が来ないらしいから見る習慣が無い。しょうがないけど。
 
 オレは食事を終えて、とりあえず手続きを済ませることにした。
 しばらくして、また電話してみるけど、出ない。
 だめだこりゃ。電話の意味ないなー……。

 とりあえず、全部用事を終えて、慎吾に電話をかけると、こっちはすぐにつながった。

『ああ、碧、終わった?』
「終わった」
『オレも終わったから……こっちまで来てるの待つのあれだから、途中の××駅で、待ち合わせよ。そこまで来て』
「分かった。すぐ電車乗る」
『ん』

 電話を切って、そのまま、電車に乗り込んだ。
 ばあちゃんのスマホに「用事終わったから、これから慎吾と合流して帰るね」と、一応メッセージを送った。

 その後、慎吾と合流して、道の駅でばあちゃんへのお土産を買いつつ、戻る車中で。

「なーんか、東京行ったのに、なんも遊ばずに、まっすぐ帰ってるオレら、どう思う?」

 慎吾が笑うので、「オレはこないだまで居たから、そんなに行きたいとこもないし」と返す。

「オレはたまにしか行かないんだけどさ。……嫌いではないんだけど、落ち着かないんだよなー、あの雰囲気」
「あの雰囲気って?」
「皆が急いでる感じ?」
「はは。そんなこともないと思うけど」
「そうかー? 駅とか、皆急いで歩いてない?」

 そう言われると、と、考える。

「急いでる人もいるし、のんびりな人もいると思うけど」
「そうか? 九割急いでるイメージ」

 慎吾は可笑しそうに笑う。

「まー分からなくはないけど」
「碧は? 急いでた?」
「オレは……急いでたかなあ……確かに、のんびりは歩いてなかったかも」
「ほらーやっぱりじゃんか」

 苦笑しつつ、オレは、スマホを取り出した。

「――――んー……出るかなあ」
「ん?」

「ばあちゃん、昼くらいから電話してるんだけど、全然出なくて」
「昼は畑行ったんじゃないか?」

「そうかもだけど……その後も出ないんだよなぁ」
「――――」

 スマホは出そうにないので、家の電話に掛けるけど、出ない。
 オレが、つながらない電話を切ると、慎吾が、ちらっとオレを見た。

「あと三十分位でつくけど……心配なら、芽衣に見に行ってもらう?」
「ん?」
「芽衣、鍵預かってるから」
「あー……でも芽衣、仕事中だよな」
「町の人の確認も、仕事の内だから」

 んーと、迷った末。頼むか、ということになって、芽衣に電話をした。
 オッケー、もうすぐ仕事あがりだったから、今あがって見に行くねー。連絡するから待っててー。と、明るい返事にちょっとホッとする。


「……心配しすぎかもだけど」と、苦笑すると。
「まあしょうがないよ。オレも心配だし。大丈夫って分かったらいいし」と慎吾。

「……慎吾、これ、誰にも言うなよ?」
「ん? ……言わないけど。何」

「今朝さ。いつもオレより先に起きてるばあちゃんが、起きてなくてさ……向こう向いたまま、全然動かなくて」
「――――」

「……このまま動かなかったらどうしようって思ったら、すげー怖くて……呼んだらこっちを見てくれて、ほっとしたんだけどさ。なんか……そん時の怖かったのが、今日はまだ少し残っててさ。それで余計、心配になってるのかも」

 慎吾は、少しスピードを緩めて、オレに視線を流した。

「……そっか」

 慎吾は静かに頷く。

「まあ、分かる。……オレの母親、急に悪くなって、オレにとってはあっという間に死んじゃったからさ。病院だったけど……息を引き取る時の、もう何もできない無力感みたいなのは、ずっと残ってるし」
「――――そう、なのか……」

 中学の時に、母親か……つらかったろうな、と俯く。

「でもだからさ。言ったろ。教訓」
「――――」

「その時が最後だと思って、大事にすること。大事にしとけば……別れても、後悔はしないでいられるし」
「……うん」

「ああしとけばよかった、て思うのが、一番つらいから」

 オレは、黙ったまま、慎吾の横顔を見てしまう。

「何?」
「……いや。なんか。お前、たまにすごい」

「つか、たまにじゃないだろ?」

 ニヤ、と笑う慎吾に。

「そういうとこがなければなぁ……」

 はー、とため息をつくと、なんだよ、と慎吾が苦笑い。
 でもなんか、少しだけ、気分が上がった。――――最後だと思って、大事に、か。確かにそうだ。

 ばあちゃんにとって楽しいことを、オレも一緒に楽しく。って決めたんだから。
 そうだった。

 なんかそんなことを思い出しながら、通り過ぎていく景色を眺める。

 と、その時。
 芽衣から電話がかかってきた。

『碧くんっ?』
「……うん、何?」

 いつもの、芽衣の声じゃない。走る緊張を抑えながら、芽衣の言葉を待っていると。

『あのね、めぐばあちゃん、倒れて、今先生のところに運ばれていったんだって』
「……何で?」
『分かんないの! とにかく、先生の病院に行ける? 私も行くから』

「慎吾、ばあちゃんが倒れて、先生の病院に運ばれたって」
「……分かった。向かう」

 慎吾は、落ち着いた様子で、そう言って。ただ、唇を、ぐ、と噛んで、前を見据えた。

「芽衣、落ち着いて来て。環にも連絡入れるだろ? 落ち着いて」

『……うん、わかった。……大丈夫、分かってる。――――……後でね?』


 最後の声は、少し静かに。噛みしめるみたいに言った芽衣との通話が、切れた。


 

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