35 / 38
第34話 教訓
しおりを挟む結局、和史くんは、マンションの引っ越しや手続きも多くて数日かかりそうだからと別れて、オレと慎吾だけが帰ることになった。
オレは、途中で降ろしてもらい、電車で住んでいた町に。色んな手続きが終わったら、慎吾が打合せをしてる駅に電車で行って、合流して帰ることになってる。
今日も暑い。というか、こっちはもっと暑い。
久しぶりに、この、空が狭い感じ。
こっちが長いオレは、これも、懐かしい気もするけど。
……なんというか――――向こうの空は、あれだな。懐かしいというよりは、恋しいっていうか。
早く帰りたいな。と思いながら、途中で、ファーストフードに寄る。
……こういうのは、たまには食べたいかも、と思ったりしつつも。
思い浮かぶのは、昼、畑のところで食べたり、家に人が来たり。
こっちでは、あまりしないだろうなーという光景の、お昼ご飯。
まあそもそも、あんな開けっ放しの広い家が無い気がするけど……。
ばあちゃん、昼、何食べてんだろ。
ポメ子と一緒に食べてんのかな。
あ。畑、行ったかな? 最近は、あの荷物を入れてコロコロ引くカートも、オレが持ってるし。一人で行ってないといいけど。暑いから気を付けてって言えばよかった。つか、畑、行くなら明日一緒に行くからって言えばよかったなぁ……。
ばあちゃんちに電話を掛ける。
出ない。やっぱり行っちゃったのかなと思って、スマホにもかけたけど、出ない。
……大体にして、ばあちゃん、スマホ出ないんだよなぁ。見ないし。念のため持ったということらしいけど、皆、直接家にきちゃって、ほとんど連絡が来ないらしいから見る習慣が無い。しょうがないけど。
オレは食事を終えて、とりあえず手続きを済ませることにした。
しばらくして、また電話してみるけど、出ない。
だめだこりゃ。電話の意味ないなー……。
とりあえず、全部用事を終えて、慎吾に電話をかけると、こっちはすぐにつながった。
『ああ、碧、終わった?』
「終わった」
『オレも終わったから……こっちまで来てるの待つのあれだから、途中の××駅で、待ち合わせよ。そこまで来て』
「分かった。すぐ電車乗る」
『ん』
電話を切って、そのまま、電車に乗り込んだ。
ばあちゃんのスマホに「用事終わったから、これから慎吾と合流して帰るね」と、一応メッセージを送った。
その後、慎吾と合流して、道の駅でばあちゃんへのお土産を買いつつ、戻る車中で。
「なーんか、東京行ったのに、なんも遊ばずに、まっすぐ帰ってるオレら、どう思う?」
慎吾が笑うので、「オレはこないだまで居たから、そんなに行きたいとこもないし」と返す。
「オレはたまにしか行かないんだけどさ。……嫌いではないんだけど、落ち着かないんだよなー、あの雰囲気」
「あの雰囲気って?」
「皆が急いでる感じ?」
「はは。そんなこともないと思うけど」
「そうかー? 駅とか、皆急いで歩いてない?」
そう言われると、と、考える。
「急いでる人もいるし、のんびりな人もいると思うけど」
「そうか? 九割急いでるイメージ」
慎吾は可笑しそうに笑う。
「まー分からなくはないけど」
「碧は? 急いでた?」
「オレは……急いでたかなあ……確かに、のんびりは歩いてなかったかも」
「ほらーやっぱりじゃんか」
苦笑しつつ、オレは、スマホを取り出した。
「――――んー……出るかなあ」
「ん?」
「ばあちゃん、昼くらいから電話してるんだけど、全然出なくて」
「昼は畑行ったんじゃないか?」
「そうかもだけど……その後も出ないんだよなぁ」
「――――」
スマホは出そうにないので、家の電話に掛けるけど、出ない。
オレが、つながらない電話を切ると、慎吾が、ちらっとオレを見た。
「あと三十分位でつくけど……心配なら、芽衣に見に行ってもらう?」
「ん?」
「芽衣、鍵預かってるから」
「あー……でも芽衣、仕事中だよな」
「町の人の確認も、仕事の内だから」
んーと、迷った末。頼むか、ということになって、芽衣に電話をした。
オッケー、もうすぐ仕事あがりだったから、今あがって見に行くねー。連絡するから待っててー。と、明るい返事にちょっとホッとする。
「……心配しすぎかもだけど」と、苦笑すると。
「まあしょうがないよ。オレも心配だし。大丈夫って分かったらいいし」と慎吾。
「……慎吾、これ、誰にも言うなよ?」
「ん? ……言わないけど。何」
「今朝さ。いつもオレより先に起きてるばあちゃんが、起きてなくてさ……向こう向いたまま、全然動かなくて」
「――――」
「……このまま動かなかったらどうしようって思ったら、すげー怖くて……呼んだらこっちを見てくれて、ほっとしたんだけどさ。なんか……そん時の怖かったのが、今日はまだ少し残っててさ。それで余計、心配になってるのかも」
慎吾は、少しスピードを緩めて、オレに視線を流した。
「……そっか」
慎吾は静かに頷く。
「まあ、分かる。……オレの母親、急に悪くなって、オレにとってはあっという間に死んじゃったからさ。病院だったけど……息を引き取る時の、もう何もできない無力感みたいなのは、ずっと残ってるし」
「――――そう、なのか……」
中学の時に、母親か……つらかったろうな、と俯く。
「でもだからさ。言ったろ。教訓」
「――――」
「その時が最後だと思って、大事にすること。大事にしとけば……別れても、後悔はしないでいられるし」
「……うん」
「ああしとけばよかった、て思うのが、一番つらいから」
オレは、黙ったまま、慎吾の横顔を見てしまう。
「何?」
「……いや。なんか。お前、たまにすごい」
「つか、たまにじゃないだろ?」
ニヤ、と笑う慎吾に。
「そういうとこがなければなぁ……」
はー、とため息をつくと、なんだよ、と慎吾が苦笑い。
でもなんか、少しだけ、気分が上がった。――――最後だと思って、大事に、か。確かにそうだ。
ばあちゃんにとって楽しいことを、オレも一緒に楽しく。って決めたんだから。
そうだった。
なんかそんなことを思い出しながら、通り過ぎていく景色を眺める。
と、その時。
芽衣から電話がかかってきた。
『碧くんっ?』
「……うん、何?」
いつもの、芽衣の声じゃない。走る緊張を抑えながら、芽衣の言葉を待っていると。
『あのね、めぐばあちゃん、倒れて、今先生のところに運ばれていったんだって』
「……何で?」
『分かんないの! とにかく、先生の病院に行ける? 私も行くから』
「慎吾、ばあちゃんが倒れて、先生の病院に運ばれたって」
「……分かった。向かう」
慎吾は、落ち着いた様子で、そう言って。ただ、唇を、ぐ、と噛んで、前を見据えた。
「芽衣、落ち着いて来て。環にも連絡入れるだろ? 落ち着いて」
『……うん、わかった。……大丈夫、分かってる。――――……後でね?』
最後の声は、少し静かに。噛みしめるみたいに言った芽衣との通話が、切れた。
196
お気に入りに追加
310
あなたにおすすめの小説
僕の主治医さん
鏡野ゆう
ライト文芸
研修医の北川雛子先生が担当することになったのは、救急車で運び込まれた南山裕章さんという若き外務官僚さんでした。研修医さんと救急車で運ばれてきた患者さんとの恋の小話とちょっと不思議なあひるちゃんのお話。
【本編】+【アヒル事件簿】【事件です!】
※小説家になろう、カクヨムでも公開中※
『Goodbye Happiness』
設樂理沙
ライト文芸
2024.1.25 再公開いたします。
2023.6.30 加筆修正版 再公開しました。[初回公開日時2021.04.19]
諸事情で7.20頃再度非公開とします。
幸せだった結婚生活は脆くも崩れ去ってしまった。
過ちを犯した私は、彼女と私、両方と繋がる夫の元を去った。
もう、彼の元には戻らないつもりで・・。
❦イラストはAI生成画像自作になります。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
憧れの青空
饕餮
ライト文芸
牛木 つぐみ、三十五歳。旧姓は藤田。航空自衛隊で働く戦闘機パイロット。乗った戦闘機はF-15とF-35と少ないけど、どれも頑張って来た。
そんな私の憧れは、父だ。父はF-4に乗っていた時にブルーインパルスのパイロットに抜擢され、ドルフィンライダーになったと聞いた。だけど私は、両親と今は亡くなった祖父母の話、そして写真や動画でしか知らない。
そして父と航空祭で見たその蒼と白の機体に、その機動に魅せられた私は、いつしか憧れた。父と同じ空を見たかった。あの、綺麗な空でスモークの模様を描くことに――
「私の彼は、空飛ぶイルカに乗っている」の二人の子どもで末っ子がドルフィンライダーとなった時の話。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
カメラとわたしと自衛官〜不憫なんて言わせない!カメラ女子と自衛官の馴れ初め話〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
「かっこいい……あのボディ。かわいい……そのお尻」ため息を漏らすその視線の先に何がある?
たまたま居合わせたイベント会場で空を仰ぐと、白い煙がお花を描いた。見上げた全員が歓声をあげる。それが自衛隊のイベントとは知らず、気づくとサイン会に巻き込まれて並んでいた。
ひょんな事がきっかけで、カメラにはまる女の子がファインダー越しに見つけた世界。なぜかいつもそこに貴方がいた。恋愛に鈍感でも被写体には敏感です。恋愛よりもカメラが大事! そんか彼女を気長に粘り強く自分のテリトリーに引き込みたい陸上自衛隊員との恋のお話?
※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。
※もちろん、フィクションです。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる