「今日でやめます」

悠里

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第29話 「楽しく」

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 その日の夜。
 同じ部屋に布団を敷いて、今日はばあちゃんと一緒に布団に入った。
 電気を消して、少しして、ばあちゃんが言う。

「碧くん、別の部屋で寝てもいいよ? 一人の方がぐっすり眠れるとか無い?」
「全然ないよ。むしろ毎日ぐっすり寝てる」
「そう?」
「早寝早起きで、すっきり感すごい」

 よかった、とばあちゃんが笑う。
 雨戸は閉めているけれど、月明かりが漏れてきてて、ばあちゃんの顔は見える。

「ばあちゃん」
「ん?」

「……治療は、しないの?」

 そう言うと、少し困ったような顔でオレを見て、ゆっくり頷いた。

「――――うん。手術とか、抗がん剤の治療は、しないことに決めたの」

 穏やかな声。
 オレは、何て答えたらいいか分からなくて、黙る。
 ……だって、それは、もう、治さない、治らない、てことだから。

「先生にたくさん聞いてね。たくさん考えたんだよ」
「――――ん」
「私はもうずいぶん長く、幸せに生きてきたから。死ぬまで、普通に生きていたいなって思ってね。病院にずっと入院したりして長く生きるよりは、短くなってもいいから、ここに居たくて」
「――――そっか……」

 それしか言えなくて、言ったきり、黙っていると、ばあちゃんはこっちを見て、ふふ、と笑った。

「碧くんとここに居られるなんて、最後に、ご褒美みたい」

 そんな言葉にも。答えられない。
 何て言えば、いいんだろう。

「――――ごめんね。碧くんに、付き合わせて」
「謝んないでよ」

 それだけは咄嗟に思って、すぐに言葉に出た。

「連絡くれて良かったよ。……ありがと、ばあちゃん」

 迂闊にも、震えそうな声を、なんとかごまかして言った。すると、ばあちゃんはまた、ふふ、と笑った。

「ばあちゃんね、連絡したけど……碧くんは連絡をくれるとは思ったんだけどね。たとえば、碧くんが戻ってこなくても、全然良かったんだよ」
「そう、なの?」
「もちろん帰ってきてくれて会えたらいいなとは思いはしたけど……話せて、元気で幸せに生きててくれたらそれで良かったの」

 ふふ、と笑うばあちゃん。

「会社辞めてきてくれるなんて、思わなかった。優しいね、碧くん」

 優しいとか、そういうんじゃ、ないけど。
 ――――でも。

 ……ばあちゃんはもう決めてるんだな。
 治療はせず、自然に生きられるだけ、生きようって。

 今のまま、楽しく暮らせるところまで。
 痛みとかを和らげながら。

 ――――……ほんとなら完治して、ずっと、元気でいてほしいって思うけど。
 でも、ばあちゃんは、もう、選んで、覚悟も、してる。



 だったら、オレがするのは。
 もう、一つしかない。か。


 
「ばあちゃん、今日、足湯、楽しかった?」
「うん。もちろん」
「良かった」

 ふ、と息をつく。


「ばあちゃんは、オレと、何がしたい?」

 そう言うと、ばあちゃんは、そうだねえ、と言ってから。


「普通にすごせたらいいよ」
「普通かぁ……」

 普通って何だろう。と、考えていると。ばあちゃんはまたクスクス笑った。


「ご飯を作って食べて、人と会って話して、何かを育てて、家事をして……」


 穏やかで優しい声を聞いていると、涙が、浮かびそうになるけれど。
 こらえて、分かった、と頷いた。


「あ、あと、ばあちゃんはね、碧くんが楽しいと思うことを、してほしいな」
「オレ?」

「ばあちゃんと、だけじゃなくて、ずっと、これから先もね」
「……うん」

 楽しい、か。

 ――――向こうに居た時。心から楽しいってあったかな、と考えてしまう。
 友達とかは一応は居たし、楽しいと思ってたことも、あった、ような気はするんだけど。


「毎日、決めるといいよ?」

 ばあちゃんが楽しそうに、そんな風に言う。

「決めるって何を?」

「明日も楽しくって」
「明日も楽しくなりますようにって?」

 オレがそう言ったら、ばあちゃんは、少し止まった。

「んー……違う、かもしれない」
「ん? 違うの?」

「明日も楽しくするぞーー、っていうのがいいかも」
「なりますように、じゃなくて?」

「そぅ。自分でするの。楽しくする!って。楽しいって、気の持ちようだから」
「――――」

「ほんとは楽しいことも、楽しくないって思ってたら、楽しくならないもんね」

 楽しそうに言うばあちゃんに、オレは、ふ、と微笑んでしまう。


「そう、だね。楽しくする、ね。覚えとく」


 ばあちゃんらしい気がする。ばあちゃんは、いつも楽しそうだもんな。


 楽しいかぁ……。楽しいって何だろうな。
 楽しい。

 笑う、とか?
 思わず笑っちゃうような?

 幸せ、とか??


 ――――もしかして、最近、たまに、ある、かな……?



 ここに来る前のオレは。
 ……愛想笑いはあったかもだけど。思わず笑うとかは、無かった、かも。



 そんな風に考えていたら、気付いたらばあちゃんの方から、穏やかな寝息。

 あ、寝てる。
 ふ、と微笑んでしまう。


 ――――そっかぁ……。
 ばあちゃんは、決めてるんだな。自分の死に方を。

 すごい、覚悟だと、思う。
 オレ、今、余命宣告されたら……どうするだろう。ばあちゃんみたいに、笑ってられるとは、思えない。



 ……楽しく、か。


 なんだかその日は、なかなか寝付けなかった。






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