「今日でやめます」

悠里

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第28話 もしも願いが叶うなら

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 食事が終わって、皆が、片付け始める。

 「ごちそうさまー」と言い合って別れて、オレ達も帰ろうとしていた時。「碧」と先生に呼ばれた。
 オレだけを呼んだのが分かった慎吾は、ばあちゃんに、先に歩いてよう、と言って、ポメ子を連れて歩き始めた。

 そこに和史くんが歩いて行って、すこし離れた先で、何かを話し始めた。
 なので、突然、オレと先生、ふたりきり。

「……まあ、なんだな。……昨日、碧が言った言葉があったから、ちゃんと話せた」
「――――」

「なんだ?」

 ……いや。……そんな素直なのか、先生。と、思って。
 思わずマジマジと見ていると、ものすごく嫌そうに、顔をしかめられた。

「あ、えーと。はい。良かった、です」

 オレが頷くと、先生は、少し先に居るばあちゃんを見ながら。

「めぐさんのことだけど……」
「はい」

「……詳しいことは聞いたか?」
「いえ。まだ……緩和ケアを、ていうのは聞きました」

「――――本人が言わないことを、あまり詳しくは、やはり言えない」

 まあ。そうか。と頷きながら。

「……緩和ケアまで言ってるなら、まあ、分かるだろうが」
「はい」

「……緩和ケアの中でも、ターミナルケアの方だ。痛みは抑えながら、ごく普通に余生を過ごせるようにするのが目的だ。根本的な病気の治療ってやつは、していない。意味が、分かるか?」
「……はい」

「余命宣告はした。一応な。ただ、ガンの余命宣告は、状態次第で、全然当たらないこともある。同じステージのガンでも、人によって全然違うものだ」

 そこらへんは聞いたことがある。
 頷くと、先生はオレを見つめた。

「めぐさんが言いたくないことは言えない。……決まりとかよりも、めぐさんの気持ちだ。孫に知らせたくないこともあるかもしれない」
「――はい」

 頷いて、オレは、先生を見つめ返した。


「ありがとうございます。……卵焼きも、食べてくれて」

 言うと、またちょっと嫌そうな顔をしたけど。すぐ、苦笑して、「まあまあうまかった」と口にした。

「まあまあって……もう、良いですけど」と苦笑したオレに、先生も笑った。それから、ふと、まっすぐにオレを見る。

「来週あたり、病院にめぐさんを連れてきてくれ。検査をしたいから。色々な数値も見ておきたい」
「分かりました」

 頷くと、どうやら話は終わりみたい。「それじゃまた」と、踵を返した時。

「できるだけ穏やかに……大事にな」
「はい」

 頷いて、先生と離れた。ばあちゃんたちに近づくと、和史くんがオレを振り返った。

「和史くん、よかったね」
「ああ。今、慎吾と連絡先交換したから。あとで繋いで――――つか、碧」
「ん?」

「昨夜、ありがとな」

 先生にも言われた。なんか二人、同じ感じ。言い辛そうな感じも似てる。……でも、ちゃんと素直に礼を言うとこも。
 笑いそうになりながら、ん、と頷いた。

 和史くんとも別れて、三人プラスポメ子で、帰り道をのんびり歩く。


「あっついねー……ばあちゃん、疲れたら休もうね」
「……先生、何か言ってた?」
「んー……まあ、ばあちゃんが詳しく言ってないなら、言えないって。……とにかく、大事にしてあげてって」

 そう言うと、ばあちゃんは、くす、と笑って頷いた。

「そうだ。来週色々検査するから、病院にきてね、だって」
「あ、そうなんだ」

「車出すよー? 教室ない日にしてくれれば」
 と、慎吾が言う。じゃあ頼んだ、とオレが言うと、慎吾は頷いた。

 のんびり歩きながら、ふと、「午後は暇だねー」と言ってて、ふと思いついた。


「ねーばあちゃんさ、行きたいとこない?」

 そう聞くと、ばあちゃんは、オレを見上げて、うーんと考える。

「行きたいところねぇ……」
 うーん、とばあちゃんが悩んでいたら、慎吾がばあちゃんを振り返った。

「オレ、今日なら車出せるけど? 明日は無理だけど」

 慎吾も一緒に来ることになってるのが面白いなあと思ってると、ばあちゃんが、ふっと何かを思いついたみたいに、オレと慎吾を見比べてから。

「足湯。行きたいなぁ」
「足湯? どこにあんの?」

 オレが聞くと、慎吾が、ああ、と声を出した。

「温泉街の?」
「そうそう」

 ふふ、と笑うばあちゃん。

「昨日、居酒屋行く途中、横通ったけど、見なかったか?」
「あ。見た。あそこか」

 温泉街の途中に、足湯のコーナーがあった。屋根がついた木造の建物で、座って、お湯に足をつけられるところ。
 結構人が居たっけな。

「温泉じゃなくて、足湯でいいの?」
「温泉だと、二人と行けないでしょ。別々になっちゃうから」

「あ、なるほど。そっか、足湯なら、ポメ子も近くで待たせておけそう」

 そう言ったら、慎吾が、ふっとまた笑う。

「なんだよ」
「……だって、ポメ子のことまで考えてるから」
「…………つか、ポメ子、超可愛いし」

 慎吾は、ははっと笑って、ポメ子を抱き上げた。

「超可愛いってさーポメ子」

 抱き上げられたポメ子は、目の前の飼い主の顔を、じっと見つめている。

「慎吾、今度、根詰めてやる時、オレが預かるから」
「……ああ」

「ペットショップ、預けなくていいからな」
「って、お前、ポメ子と居たいだけだろ」

 クスクス笑いながら慎吾が言う。そうだけど何か? と慎吾を見ると、慎吾は、ポメ子をよしよしと撫でた。

「また一人ポメ子に骨抜きにされてるしなー」
「また一人って?」

「芽衣と環も、ポメ子大好きだから。ていうか、生徒さんたちにも大人気なんだよ、ポメ子」

 なるほど、と頷いてしまうと、すげー納得してるし、とまた笑われた。




◇ ◇ ◇ ◇


 慎吾の車で、温泉街に。昨日来たのは夜だったから、大分風景が違う。
 昨日は軽くのぼった、温泉街への階段。ばあちゃんは、止まって見上げてる。

「こんなに階段あったけ??」
「前いつ来たの?」
「もうほんとにすごく前。おじいさんが亡くなってからは、来てないかも」
「そうなんだ」

 確かに慎吾と二人の時は気にならなかった階段が、ばあちゃんに上らせると思うと、かなり、きつそう。

「慎吾、荷物持って」
「ん? ああ、いーよ」

 オレとばあちゃんの荷物を、慎吾がすぐにさっと持ってくれる。ありがと、と言ってから、オレは、ばあちゃんの前にしゃがんだ。「え」とばあちゃんが固まる。

「いいよいいよ、碧くんが大変だから。一段ずつのぼるから」
「いいから。どーぞ」

 遠慮するばあちゃんとの押し問答があって、慎吾が隣で笑い出した。

「碧がおんぶしたいって顔してるから、乗ってあげたら」

 という慎吾の言葉に、ばあちゃんはとっても渋々だけど、オレの背中に重なった。
 よいしよ、と抱えて立ち上がるけど。

 思ったより、ずっと軽かった。
 なんだか、その軽さに、少しショックも受けるけど……それはすぐに振り切って、オレは、しみじみ言った。

「――――なつかしーなあ。よく、おぶってもらったよね」
「そうだね。反対におぶってもらえるなんて、不思議」

 ふふ、とばあちゃんが笑う。と、その隣で慎吾が。

「碧、泣き虫だったからなー。泣くとすぐ、ばあちゃんの背中にひっついてたよな」
「……覚えてないから時効で」

 言うと、二人はクスクス笑った。
 階段の上について、ばあちゃんを降ろすと、「ありがとう」と微笑んでくれる。

 足湯の全長は、三十メートル位。座れるようになっていて、乳白色のお湯が見える。
 屋根の下に行くと、少し涼しい。

「ここらへんでいいかな」

 慎吾の言葉にうなずくと、慎吾は、ポメ子のリードを近くの木に結ぶ。
 ポメ子がいるところから、一番近いのが慎吾、真ん中にばあちゃん、その隣がオレ、という風に並んで、足をお湯の中に入れた。

 穏やかな日の光。心地いいくらいのお湯の温度。
 三人で並んで、めちゃくちゃ穏やかな時を過ごす。

 底には、大きさの違う石が埋め込まれていて、足をつけると、足の裏が心地良かったりする。

 気持ちいい。
 ……穏やかで、楽しいな。


 ――――もしも願いが叶うなら、このまま。
 今ここで、時が止まればいいのにな。そんな風に思ってしまう。

 
 病気がもうこれ以上進まず、ばあちゃんはこのまま元気で。
 そんな風に、願っても、無理なのは、そりゃ、分かっているんだけれど。




 
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