「今日でやめます」

悠里

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第25話 父と息子って

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 しばらくして和史くんが荷物とともに戻ってきて、それから、色んな話をした。
 オレは、先生がオレの作ったものを食べてくれないとか、そんなことも話してみた。和史くんが帰ったら先生は食べてくれるのかなあ?と、言ってると、「食うと思う」と笑う慎吾。

 先生、単純な気がする。という慎吾の言葉に、そうかなあ? と、オレと和史くん。

 酒も入って、どうでもいいくだらない話もして。なんか、楽しかったような気がする。
 はわ、とあくびしたあたりで、そろそろ帰るか、っていう話になった。

「……慎吾」
「ん?」

 和史くんが言いにくそうに、慎吾を呼んだ。

「何?」

 黙ってる和史くんに、慎吾が先を促すと。

「……今日泊めてくれるか」
「え。いいけど。どしたの」

 はは、と笑ってる慎吾。

「こんな時間に帰ったら、それだけで何言われるかって、今突然思った」
「ああ。まあ、そーかも」

 慎吾とオレ、頷きながら苦笑。
 ということで、三人でタクシーに乗って、慎吾とばあちゃんちの前で一緒に降りた。タクシーが走り去っていくのをなんとなく見送って、さて、と家の方を向く。

「ばあちゃんちからポメ子連れて、オレんち行こ」
「悪いな」

 慎吾が言って、和史くんが頷く。大分酔いもさめて、ばあちゃん寝てるから静かにしよう、なんて言いながら、門から入ると、なんか玄関の電気も家の中の電気も全部ついてるし、鍵は開いてるし、慌てて中に入るとポメ子が玄関で待ってた。

「え、ばあちゃんは?」
 とっさにポメ子に聞いてしまう。答える筈もないので、足を踏み入れて、うちのではないサンダルに気づく。

「碧くん?」
 ばあちゃんの声がする。ていうかもう、深夜の一時だけど。え、何? 靴を脱いで上がるとそこに、横たわった子供と、ばあちゃんと、みいちゃんのお母さん。

「あ、みぃちゃん?」

 オレと慎吾、同じ時に同じ言葉を口にした。

「さっきまで痙攣をおこしててね……今救急車を呼んで待ってるところなの」

 ばあちゃんが言うのを聞いた和史くんが不意に眉を寄せて、ちょっと上がります、と言った。あ、そうだ、この人医者だった。
 ばあちゃんが和史くんを見て、「……えっ、和史くん?? 何で?」とびっくりしている。

 偶然一緒になって、と慎吾が説明してる横で、和史くんがみいちゃんの隣に座った。
 ばあちゃんが、「お医者様だから。先生の息子さん」と説明すると、泣いてたお母さんが、和史くんを見た。
 
「ちょっと失礼しますね。落ち着いて答えてくださいね」

 和史くんは、さっきまでと全然違う。落ち着いた口調で言って、お母さんを見つめる。 

「熱は何度ですか?」
「三十九度八分です」
「痙攣はどれくらい続きましたか?」
「……わからないです、震え出したので、おばあちゃんのところに……」
「そんなに長くない、かな。私が起きて、出た時にはもうほとんど止まってて」
 ばあちゃんが言うと、和史くんが頷く。

「五分は無い? その後はもうこの状態ですか?」
「はい」
 頷くと、少しの間、女の子に触れて様子を見ていた和史くんがはっきりと。

「大丈夫。問題ない熱性けいれんだと思います。救急車も来てくれてるならもう落ち着いて。保険証やお財布、スマホ、あとはこの子の着替えなど、出かけられる準備をしてきてください」

 そう言うと、みいちゃんのお母さんが、分かりました、と頷いた。

「大丈夫、見てるから、行ってきて」

 ばあちゃんが笑顔で言うと、お母さんは、はい、と頷いて、出て行った。もう泣いてない。少し、安心できたみたいだ。

「こんばんは。お久しぶりです」
 和史くんが、ばあちゃんに挨拶して、「よくすぐわかりましたね」と苦笑すると。

「赤ちゃんの頃から先生のところで見てたし。……先生にそっくりだし」

 みいちゃんの横に座って様子を見ていたばあちゃんは、ちらっと和史くんを見て、クスクス笑った。
 そこに、「こんばんは、邪魔するよ」と声がして、入ってきたのは、なんと。

「あ、先生」

 ばあちゃんが一言言って、それきり何と言っていいか分からなかったみたい。同じく、オレも慎吾も。あ。と固まったまま。
 和史くんと、先生も、なんか仁王立ちみたいな感じで、見つめ合ってるし。

 よ、呼んでたのか。ばあちゃん、先に言ってほしかった……。
 修羅場か?! と思ったけど、違った。

 先生はすぐに、みいちゃんの隣に座って、診察を始めた。

「めぐさん、様子は? 分かること教えて」
「痙攣してたけど、すぐ収まって、今はぐっすり寝てる感じ」
「五分以上とか、長くは無かった?」
「うん」
「熱は高いの?」
「三十九度六分だって」

 少しして、先生は、熱性けいれんだな。大丈夫そうだね、と言った。そこに、みいちゃんのお母さんが戻ってきた。それからすぐに救急車が到着した。
 救急隊の人が入ってきて様子を見た後、大丈夫そうだけど心配なら今夜は病院に、と言った。「心配なのでお願いします」とお母さんが答える。もう完全に泣いてはいなくて、落ち着いていた。残る皆に、ありがとうございました、と言って、救急車に乗っていった。

 「よかった、大丈夫そうだね」と、のんきにばあちゃんは言ってる。

 …………正直そんな気分ではない。

 ……目の前の似た二人が、救急隊の人達と話したきり、一言も話さないのだから。
 慎吾も、ポメ子を抱き上げて、そのまま、んー、とオレを見てくる。……今オレを見るな。と心の中で慎吾に言ってると。


「……お茶でも、飲む?」

 ばあちゃんがのどかに言うと、先生がため息をつきながら頷いて、和室のテーブルのところに座った。

「オレ、いれるよ」

 ばあちゃんはあっちに行ってくれ……と、見つめると、どうやら伝わったらしく、ふふ、と笑って、先生の側に、ばあちゃんは座った。
 ポメ子を連れた慎吾が、ぽん、と和史くんの背中を叩いて、目線が合うと、あっち、と先生の居る方を指さす。
 テーブルの対角線、みたいな、離れた所に和史くんが座るのを見届けてから、慎吾が台所の方に歩いてきた。

「……和史くん、オレんちには、泊まらないと思う?」

 クスクス笑ってる慎吾に、「さあ……」と返す。

「決裂したら、泊まるかな……」
「……どうだろ。決裂する気なら、座らないんじゃないかな」
「そっか。そうだな」

 静かにクスクス笑う慎吾。オレは、わざと色々音を立てながらお茶の準備。
 ……静まり返った沈黙が耐えられん、と思った時。

「和史くん、ありがとうね。居てくれて、みいちゃんのお母さんも安心してたよ」
「……いえ」
「お医者さん、て感じだったね」

 ふふ、とばあちゃん。

 ――――いつも思うけど。
 ある意味、ばあちゃんは、最強だ。

 どんな時でも、ばあちゃんは、ばあちゃんだ。


「何でここに居る」

 低い低い、先生の声。
 あ、オレに対しては、もうちょっとマシだった。と、妙な安心。……って、そんなことに、安心しても意味ねーけど。

 静かにお茶を入れていると、和史くんが、一言。


「……帰ってこようと思って」

 その言葉の後。全員無言。
 多分ばあちゃんは、先生の言葉を待っている。オレは、今は口を開いちゃいけないと思ってる。多分慎吾も。


「……帰ってくんなっていうなら、戻るけど」

 和史くんの声。
 ……ていうか、向こうの病院辞めてきたのに。戻るとこなんかないじゃん。まあ、医者だと他に務められるかもしんないけど。
 でも、絶対、そんなこと思ってないだろうに。

 こうして、外から見てると、分かる。

 父親と息子。
 気まずいというか、意地なのか、良く分からないが、どちらも、素直じゃない。
 どっちも言いたいことを言わず、諦めて飲み込んで。

「あほらしいな」

 思わずつぶやいたフランス語に、隣の慎吾が苦笑しながら、「そうだな」と答えた。
 ……フランス語で、答えられてしまった。もっと苦笑しながら。オレは、淹れたお茶をテーブルに置いた。

「飲んだら帰ってください」

 む、と見上げられて。

「ばあちゃん、寝かせてあげたいし。……二人で話すのが、一番だから。つか、和史くん、向こうの病院辞めたんだから帰るとこないし。覚悟決めて話しなよ」

 そう言ったら、先生は、なんだと、と和史くんに顔を向けた。
 よけいなことを、と言わんばかりの和史くん。慎吾は、台所の方でポメ子を抱えたまま、可笑しそうにクスクス笑ってる。


 で結局。
 一気飲みみたいにお茶を飲んだ先生に連れられて、和史くんは、帰っていった。


 見送って、オレとばあちゃんと慎吾は、ちょっと長い息をついた。
 顔を見合って、笑ってしまう。


「誰が先生呼んだの?」とオレが聞くと。

「みいちゃんのお母さん。呼んだというか、うちに来た後、電話して色々聞いてたの。来ちゃったんだねぇ……」
「なるほど……」


 その後、まあ、もう今日は寝ようか、という話になった。






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