「今日でやめます」

悠里

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第23話 分かる

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 稲垣 和史いながき かずしくんと言うらしい。……先生の苗字、初めて知った。

 短髪、肌は白い。先生は黒いけど、肌の色以外は、やっぱり先生に似てる。真面目そうで、パッと見、冷たそう。でも、笑うと、急に優しい感じになる。
 声のトーンが落ち着いてて、医者っぽいな、と思った。


 帰れなくて、温泉に泊まってた。

 和史くんはため息をつきながら、そう言った。オレと慎吾は、また顔を見合わせた。

 来たばっかりのオレでも、なんとなく想像できる。
 帰るって言って都会の医大に行ったまま、帰らず、そっちで医者をやってる、あの先生の息子。

 帰ったら、バトルだろうな……。

「……なんとなくわかります。大変そうですよね」

 思わず言うと、和史くんは、えっという顔でオレを見た。まだオレは、自分の名前と慎吾の同級生って話しかしてないので、まあ当然か。
 何で分かるんだって思うよな。と苦笑してると。

「あれ、君って、ずっと居たの? 違うよな、バス停聞いてたくらいだし」
「碧は、めぐばあちゃんの孫なんだよ。むかーし、二年くらい居たの、覚えてない? オレらが小一とかの頃」

 うーん、と考えた後、和史くんは首を傾げた。

「ごめん、覚えてない。めぐばあちゃんの孫かぁ……」
「大丈夫です、オレもほとんど覚えてないんで」
「まあ、学年違うしね。一緒に通学してないから、会ってても忘れるよね」

 慎吾の言葉に、皆で、だよね、と頷く。和史くんが「碧、くんは」と言い出したので、「碧でいいですよ」と伝える。

「碧、は、何で分かるって思うの? 大変そうって」

 そう聞かれて、んー、としばし悩んだ後。

「オレも、ずっと帰ってなくて、ばあちゃんが体調悪いって聞いて、会社辞めて帰ってきたとこなんです。んで、ばあちゃんの先生が……和史くん、て呼びますね?」
「ああ」
「和史くんのお父さんで……オレ、超嫌がられてます」
「――――?」

「ずっと帰って来なかったくせに、とか、今更心配してるとか、みたいなちくちく、責められてます」
「――――……」

「つか、オレ、どっちかっていうと孫なので、田舎には、一時住んでただけで、むしろあそこで暮らす方がイレギュラーで。もし帰ってないとか言われるなら、それは、オレの父さんのほうなんじゃって思うんですけど」
「……そう、だよね」
「まあ和史くんのことが、オレに重なるんじゃないかって皆に言われて、なんとなく分かるから、まあ我慢してます。ここ数日」

 あー、と、和史くんは、困ったような声を出した。

「なんか、ごめんね」
「ほんと。なんか理不尽は感じてますけど。……まあ、それだけ、和史くんに帰ってきてほしいんだろうなと……」

 そこでふと、気付く。

「……今って、帰ろうとしてるんですか? それとも、一回話し合いにきただけとか?」

 そう聞くと、和史くんは、んー、と黙り、はー、とため息をついた。

「帰ろうと、思ってきたんだけど」

 おお。じゃあ、この人が帰れば、オレに対するあたりは、弱まるんじゃ? 理不尽な八つ当たりもどきも、なくなるのか? と喜んでいると。

「やっぱり、やめようかな……」
「は??」

 オレが思わず、発した言葉に、慎吾が横で笑ってる。

「碧、お前、分かりやすすぎる」

 そんな風に言われて笑われて、首を傾げる。
 オレ、分かりにくいと言われてたけどな。前の職場。すかしてるとかよく……。

「碧は、和史くんが帰れば、先生の態度が軟化すると思ってそうだけど」

 ぷぷ、と笑う慎吾。 ……あれ、ほんとに完璧に、ばれている。


「帰ろうと思ってきたの? 和史くん」
「……ああ」
「それは、一生、こっちで医者やる覚悟でってこと? それともちょっとだけ休むとか?」
「――――こっちで、医者、やろうかと」

 その言葉に、オレと慎吾、また顔を見合わせて、ほー、と頷き合う。

「やっぱりやめようかなって何?」

 慎吾の言葉に、和史くんは、ため息。

「すみません、日本酒のメニュー下さい」
 と店員に話しかけて、あれこれ頼んでる。酒がすぐ運ばれてくると、ぐい、と煽って、ため息。

「……でかい大学病院でさ。なんでもあるし、なんでもできるって思ってた。都会は、色んなものが揃ってて、田舎には無いものがたくさんあるって」

 まあ確かに。そう思う部分も、ある。
 頷いていると。

「でもなんか――――違うんだよなって、気付いた」

 また酒を一口。
 それから大きなため息。

「曜日ごとで外来を担当して、たくさんいる入院患者をざーっと見て……日々たくさんの人を見るから、まったく覚えていられない。目の前の症状を見るだけ。……つか、オレは、なんか……ああいう医者になりたかったわけじゃないんだって、ずっと思ってて。でも忙しいし、担当抜けられないし、で、ずっと、きたんだけど……三十目前にして、考えて、やめるって伝えた。伝えてから、実際やめられるまで、三か月かかった。まあその間も、やめないようにっていう圧がすごくて。やっとのことで、最後の出勤を終えた時は、ほんと、最高に疲れてたけど……」
「大きい病院ってそうですよね。外来、二回目とか、違う先生になることも多いし」
「……たくさんの人を見れる、治療できる、みたいに思ってたけど……まあ、それは確かにできるし、経験もつめるし……」

 そこでまたため息。

「でも……父さん、みたいな医者が……」

 そこまで言って、黙ってる。
 黙ったまま、肘をついて、顎を乗せて、そのまま固まってる。視線を落としてるので、黙って待っていると、とても静かなトーンで、言ったのは。

「――――オレは、父さんみたいにはなりたくないなーと思ってたんだよな……毎日忙しそうで。往診とかめっちゃ多くて大変そうで。ボランティアか? って思うようなことも多々あるし」

 ……確かに。
 あの畑の昼のあれとか。絶対、お金とかもらってないよな。

「……でもなんか、でかい病院で、綺麗な病院で、ずっと働いてる内に浮かぶのは――――なんか、父さんが診ていた人達の、笑った顔、とかで」

 和史くんは、そこまで言って、はー、とため息。苦笑しながら。


「絶対いやだって、思ってたのにさー、ほんと意味分かんないけど」

 オレと同じように黙って聞いてた慎吾が、不意に、はは、と笑った。

「分かる。あんな医者、大変そうだもんね」
「分かる?」
「分かる。ボランティアみたいって思う部分、オレから見てもそう思うし」

 うんうん、と慎吾が頷く。

「すっげーでかい綺麗な病院に居て、来る患者だけ診て、綺麗な病棟を回って、看護師さんもいっぱいいて……とか、の医者とは、全然違うよねー。知らなくても、そう思う」
「だよな。そうなんだよ」

 慎吾の言葉に、うんうん頷いてる、和史くん。

「でも、先生、めっちゃ好かれてるよ」

 ふ、と笑いながら言った、慎吾の言葉。
 和史くんは、頬杖をやめて、慎吾を見て。それから、視線を落として、小さく頷いた。


「分かってる」

 そう言って、苦笑してる。





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