17 / 38
第16話 たった三箱
しおりを挟むポメと慎吾もすっかり落ち着いて、縁側に座っている。
「なんか急にあっつくなったよなー」
慎吾が、青空を見上げてそう言う。
「……つかお前、昨日のかっこ、ひどすぎないか?」
比べてしまうと、差がひどすぎて、思わずもう一度しみじみ言ってしまった。
「ん? そう? ちょっと頼まれて作ってたものがなかなかうまくいかなくてさ。すげー集中して数日過ごしてたから」
「……その犬、昨日居た?」
「居なかった。根詰める時は、ペットショップに頼んでる」
「ペットショップなんてあるのか?」
思わず驚いて言ったら、慎吾は「バカにしてるだろ」とジロリとオレを見た後で。
「犬飼う人も多いし。ネコも。年寄りも多いし。前はばあちゃんに頼んじゃってたんだけど……今は散歩とか頼めないから」
ポメを撫でながら慎吾が視線を落とした。
「……知ってんだな」
「つか、皆知ってるよ。詳しいことまで聞いてないけど。ばあちゃんは隠してないし。……その時が来るまで、楽しく居ようねって、言われたし」
そっか、と頷いて、少し黙ったところに、ばあちゃんがアイスコーヒーを淹れて、持ってきてくれた。
「しんちゃん、今日は朝から活動してたの?」
「うん。つか、渡辺さん、朝一からシャワー直しに来てさー。すげえ早いの。どっかの仕事の前に寄ってくれたらしくて。午前中とか言ってたけど、八時前に来た」
「起きてたの?」
「寝てたに決まってんじゃん」
オレもばあちゃんも苦笑い。
「ドアガンガンされて、たたき起こされて鍵あけて、直してくれてる間もほとんど寝てたけど、せっかく起きたから、シャワー浴びて、髪切りに行って、ポメ子を迎えにいって、帰ってきた」
「昼ごはんは?」
「食べてきたよ」
そんな会話を二人がしてるのだけれど、気になるのは。
「ポメ子って言うのか?」
「そう。可愛いだろ」
「安易すぎだけど、まあ可愛い」
「一言多いっつの。いいんだよ、教室に来る人が、すぐ覚えてくれるし」
「へー……」
と頷きながら。
「陶芸教室の先生なんだよな」
「そーだけど」
「オレ、昨日のカッコだと、客いないと思ってた」
「はー?」
「まあ、今のカッコなら、居るのかなって思ったけど」
「――――別にナリ見てくる訳じゃねえし」
オレと慎吾の会話を聞いてたばあちゃんが、ふふふ、と笑い出した。
「しんちゃんの教室、女性が多いのよね~リピーターさんがほんと多いって」
「……へー。なるほどね」
うんうん頷いていると、そこに「こんにちはー」とのどかな声が聞こえてきた。
この声は、知ってる。
立ち上がって玄関の方に行くと、案の定、環と芽衣。
「――――仕事中だよな?」
一応スーツっぽいし。
「暇なの??」
そう聞くと、二人は、暇じゃないし、と苦笑。
「用があって、ここのそば通ったから、顔見にきたの」
「そっち。縁側の方にばあちゃんいるよ」
そのまま二人、縁側の方に向かった。オレは中から、戻ろうとして、ふと気付いて台所に寄った。
ばあちゃんが淹れたコーヒーが残っていたので、氷を入れて、二つ、持って戻る。
「ん」
差し出すと、「ありがとー」と二人が受け取って、縁側に腰かけた。
「ていうか、慎ちゃん、綺麗になったね」
あははーと芽衣が笑う。
「昨日と今日、別人みたいだよねー」
「まあ、ここらの人は皆、どっちも知ってるけどね」
芽衣と環がクスクス笑いながら言って、自分たちの側でしっぽを振ってるポメ子を撫でてる。
「ポメ子~可愛い~」
芽衣に、なでなでされまくり、幸せそうなポメ子。……なんかすげー可愛いな。
「ていうか、慎ちゃん、ここでくつろいでたんだね」
「昨日誰か分かんないって言われたから。でも今日も誰かわかんねーって言われた」
「まあそりゃそうだよね」
あはは、と芽衣が笑ってオレに、ねー、と同意を求めてくる。
「まあでも今は、小さい頃の面影ある気がする。昨日は無かったけど」
「少しは、覚えてるの?」
「まあ、なんか、偉そうな顔した奴がいたような……程度?」
「おい」
突っ込まれてるところに、環が笑いながら、「確かに慎ちゃんは偉そうだったかもー。でも、今はね、陶芸教室の時は、すごく優しいから」と言う。
「当たり前だろ。客商売だし」
なんて言ってる慎吾に、ふーん、ちゃんと大人になってるんだな……としみじみ言うと。
「どこ目線だよ、お前」
呆れたように言う慎吾に、他の皆が笑ってる。
――――なんか。
……こんな風に、誰かに、言いたいこと言って話すの、久々かも……。
変なの。幼い頃に二年くらい過ごして、それ以来なのに。
と、その時。
ピンポーンとまたチャイム。……来客多すぎねぇ? と思いながら玄関に向かうと、今度は、荷物の配達だった。宛先は、オレの名前。
ああ。オレが送った荷物か。良かった。
段ボールで三つ。
一人暮らしで、残ったのは、衣類も含めて、これだけ。
そう思うと、何だかな、と思う。
――――パソコンだけ、出しとくか。ここだと熱くなりそう。
ガムテープを破って、緩衝材を取り出す。パソコンをテーブルの上に置くと、ばあちゃんが近づいてきた。
「荷物、届いたんだね」
「ん」
「全部出す?」
「後でやるからいいよ」
そんな会話をしていたら、慎吾も立ち上がってやってくる。
環と芽衣も、玄関の方に回ってきて、「ごちそうさま」とコップをばあちゃんに渡した。
「碧くんの荷物?」
芽衣に聞かれて、そう、と答える。
「オレ、手伝ってやろうか? 今日は暇だから」
慎吾が言うけど、苦笑しながら「そんな無いし。三箱だけだから」と返す。
「三箱しかねえの?」
「そう。あんま残したいもの、無かった。全部捨てた感じ。家具や電気製品が備え付けだったから余計だけど」
「ふうん……」
なんとなく段ボールの方に行った慎吾が、「これは、なんか、らしいな」と笑う。
「何?」
顔を上げると、捨てずに入れた包丁のセット。
……らしい、か。
「一人暮らしの時は、使わなかった」
「そうなんだ。忙しくて?」
「……まあ、そうかな」
ばあちゃんが、何も言わずに、慎吾が持ってる包丁セットを見てるのが、少し気になって。
オレは、慎吾からそれを受け取って、段ボールにしまい、軽く蓋を閉めた。
「後でどこか荷物置かせて、ばあちゃん」
「奥の部屋ならどこでもいいよ」
「うん。ありがと」
らしい。か。
もう一度、心のなかでそう、唱えた。
202
お気に入りに追加
311
あなたにおすすめの小説
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
水縞しま
ライト文芸
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる