「今日でやめます」

悠里

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第8話 異空間

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 今オレは、目の前の光景が、不思議すぎて、というか、受け入れられなくて、呆然。


 ばあちゃんが忙しいって言ったのは、近所の人が夕飯を食べにくること、だった。
 採った野菜も、近所の人たちがあれこれ持ってくる食材たちも、この夕飯に使われた。

 十六時頃から色んな人達がやってきて、テーブルを出してきたり、料理を運んだり、皆もう勝手に動いて手伝っている。
 手土産をもってくる人もいるし、酒とか持ってきて、テーブルに並べる人達もいる。
 オレは、ばあちゃんの手伝いをして、料理を作りながら、どんどん人が増えていくのを呆然と見ていた。

 今の時代。
 こんなことしてる人たち、居るんだ……。

 日が暮れてきた頃から、大宴会が始まった。

 窓も玄関も、全開。皆勝手に入ってくる。
 近所の人たちと一緒に子供とかも来ているが、とりあえず個別に挨拶されても、正直覚えていられない。

 最悪なのは、ある程度の年いってる人達は、オレの小さい頃を知ってるらしい。そして結構色々覚えているらしい。

 オレは大人なんて、誰も覚えていない。一緒に通ってたやつらさえ、顔も名前も曖昧なのに。
 覚えてなくても無理ないよねと言いながらも、皆、「あんなに小さかったのに」とか「こんなにしゅっとしちゃって、もちもちしてたのにー!」とか「悪ガキだったよなー」なんて言われると、え、オレ悪ガキだったっけ??と、記憶になくて、濡れ衣じゃないだろうかと思ったり。

 ……すげー疲れる。

 正直、人とのかかわりを積極的にしてこなかったオレにとって、
 この空間は…………表現するならもう、地獄。だ。言いすぎか? いや、じゃあ、異空間? 異世界ものがはやってたっけ。異世界かなあ……。いや、一応、現代の日本っぽいのだけれど。

 あまりに、今まで住んでいたところと、違いすぎて、やっぱり、異空間だ。


 オレは、料理を作る振りをしながら、台所の方の椅子に座っている。
 あっちに座ったら終わりだ。と思いながら。

 ばあちゃんがやってきて、碧くんも向こうに行かない? と笑う。

「ちょっとこの雰囲気に慣れたら。……ていうか、ばあちゃん、食べてる?」
「うん。食べてるよ」
「疲れたら座ってて。オレがやるから」

 って言っても、手伝いくらいしかできないから、味付けとかは全部ばあちゃんになっちゃうけど。

「ありがとねぇ、碧くん」

 ふふ、とばあちゃんが笑う。

「こんばんはー!」

 また誰か来た。二人以上の声だな。ばあちゃんが出迎えに行って、顔をのぞかせた人は、朝の池藤さんと若槻さんだった。

「こんばんは、お邪魔します」
「こんばんは。あ、今日はありがとうございました」

 車で迎えに来てくれたわけだし、一応ちゃんとお礼を言っておかないと、と思い、そう言ったら。
 二人は、オレの前で、顔見合わせて、くす、と笑った。

「もう私たち、仕事も終わったし……ちょっと普通に話していいですか?」

 若槻さんがそんな風に言ってくる。普通に? と不思議に思っていると。

「碧くん、全然覚えてないんだね」
「言えば思い出すかな?」

 ……何を? 碧くん? ……そういえばなんか昼間も、若槻さん、碧くんて呼んでたな。あれは、ばあちゃん目線で言ってんのかと思ったけど。

「一緒に学校行ってたの、覚えてない?」
「――――……」

「私のことは、芽衣って呼んでたんだけどなあ?」


 ……この人達って。 あのころの? ……幼馴染?
 めい。めい。めい。
 そう言われてみたら、めいって呼んでた気がしてくるから不思議だ。


「オレは池藤環。たまちゃんって、言われてた。いっこ下だよ」
「――――……たまちゃん……?」

 たまちゃんは居たけど。
 記憶の中のたまちゃんとこいつは結びつかない。別人のたまちゃんか?


「……あの、オレの記憶に居るたまちゃんは、ちっちゃくて可愛い女の子なんだけど」


 そう言った瞬間、池藤さんは、眉を寄せて、ぐ、と言葉に詰まって。
 若槻さんは、おかしくてたまらないといった風に、笑い出した。涙を流してめちゃくちゃ笑ってる若槻さんに、先に居る他の人達も何々、とやってくる。


「碧くん、たまちゃんのこと、可愛い女の子って覚えてみたいー」


 その言葉に、ああ、と周りの人達はクスクス笑う。


「芽衣ちゃん、笑いすぎ」

 苦笑してる池藤さんは、ひーひーいってる若槻さんの背中をポンポンしている。


「あのさ、碧くん。多分それが、オレ。たまちゃんて、オレしか居ない」
「――――……は??? 男じゃん」

「だから、男なんだってー」


 ……嘘だろ。


「たまちゃんはいっこ下だから、男女とか分かんなかったのかもー。皆がたまちゃんて呼んでたし、たまちゃん、小さくておかっぱ頭で、可愛かったし」


 若槻さんは、けたけた笑いながら、オレの記憶のたまちゃんを、更新しようとしてくる。


「もう、小学校高学年には、かなり身長高くて、完全に男子だったよねー」


 マジか。


「たま、ちゃん、なの?」
「うん、そうだよ」


 信じられない詐欺じゃねえ? と、ついフランス語で漏れた。
 ……なんとなく愚痴っぽいのは、そっちで出てしまうのが癖になってるのかも。
 ん?? 何て? と若槻さんが見つめてくる。曖昧に首を振ると、若槻さんは、ふふ? と楽しそうに笑う。


「おかえり、碧くん。私のことは、芽衣でいいよ」
「オレも。環でいいよ。……たまちゃんでもいいけど」

 呼び捨て。子供の時以来なのに、急に呼び捨て……はどうなんだろうと思いながらも。ちゃんで呼ぶ気恥ずかしい感じと天秤にかけた末。
 
「芽衣と環……でいい? とりあえず、池藤さんは、『たまちゃん』ではない。絶対」
「あー、なんかひどいなあ」

 池藤さんもとい、環が苦笑して。
 若槻さんもとい、芽衣が、けたけた笑う。



「碧くん、おかえり」



 なんか知らないが、練習したみたいにぴったりと、オレにそう言った二人。

 久しぶりに会うっていうのに、距離を感じさせない雰囲気で、ぐいぐい詰めてくる。


 ばあちゃんが隣で、楽しそうに、クスクス笑っている。





 ……やっぱり、異空間、だな。






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