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第6話 手を合わせる
しおりを挟む「着きましたよ」
池藤さんが車をとめて、そう言った。
言われるまでもなく、さすがに近所の風景は覚えてる。
なんか、ドキドキしてて、話せなかっただけ。
……ばあちゃん、どんな感じなんだろう。
車を降りて、ばあちゃんちを見る。
昔の家を増改築して、住みやすくしたっていうのは聞いてた。
門を開くと、引き戸の玄関。鍵はかかっていなかった。
「ばあちゃん」
呼んで、応答がないので、玄関に荷物を置いた。目の前にリビングがある。広い土間が続いていて、そのまま左に回ると和室があって掘りごたつみたいになってるテーブルが見える。昔のままなら、ここにたくさん人が来てるんだろうけど。今は、家の中は静かだ。右奥の方にキッチンが見える。多分その奥が風呂とかかな。左奥の方に廊下があるから、寝室とかはあっちかな。見上げた天井は高い。
「ばあちゃん?」
もう一度呼んだ時、「めぐばあちゃん、庭にいますよー」と池藤さんの声がした。
玄関から出て、庭の方に回ると、「碧くん」と呼ばれて、ばあちゃんが姿を見せた。
ばあちゃん――――……。
とりあえず、見た感じは元気そうで。ほっとした。
良かった。寝たきりみたいになってないかと、考えないようにはしてたけど、やっぱり心配だったから。
「碧くんーまあまあ、大きくなって……」
子供じゃないんだから、と苦笑したけど。
ばあちゃんは、背が低め。多分、百五十無いかな。
それでも、子供の時は当然オレの方が小さくて、よくおんぶしてもらったっけ。
一応高校の時に会ってはいるのだけど、小さい頃の記憶の方が強いのかもしれない。「百七十はあるからね」と言うと、「まあまあ大きいわねー」とまた笑う。
コロコロ笑う、優しい感じ。変わってなくて、心底、ほっとした。
「今ね、キュウリを収穫してたのよ。ちょっと待ってて。家に入って座ってて?」
「キュウリ?」
「そぅ。庭に野菜を育ててて」
ああ。そういえば、そうだっけ。
……なんか色々一緒に収穫したなぁ、と一気に記憶がよみがえってきた。
「オレも一緒にとる?」
そう言うと、ばあちゃんはにっこり笑った。
その様子をなんだかニコニコ見守っていた、池藤さんと若槻さんは「じゃあ仕事に戻るから」と言った。
「ありがとうございました。助かりました」
「いえいえ。また夜に」
夜に??
若槻さんの言葉に聞き返す間もなく、二人は足早に庭から出て行って、車に乗り込んで走り去っていた。
近所って言ってたからな。通りかかる、とか??
少し不思議に思いながらも、オレはばあちゃん呼ばれて、畑の方に。
それでもうすっかり、その言葉についても、忘れてしまった。
昼は、ばあちゃんが作ってくれていたおにぎりと、採ったばかりのキュウリに味噌をつけて食べた。
縁側で。ばあちゃんと、並んで、緑茶を飲みながら。
なんだか知らないが。ただのおにぎりとキュウリなのに。
……めちゃくちゃうまい。ナニコレ。
急須で入れた熱い緑茶は、久しぶりに飲んだ。
ペットボトルで買う時に、飲むことはあったけど、なんだか、まったくの別物みたい。
……縁側だからもあるかな?
「ごちそうじゃなくてごめんね、夜はたくさん作るから」
そんな風にばあちゃんは言ってるけど。
「いや。……すっげー美味しい」
そう言ったら、ばあちゃんは、ふ、とオレを見て。
ふんわりと笑った。
――――ああ、ばあちゃん、変わってないなぁ。
ある年までいくと、あんまり変わんないんだろうか。
高校生ん時に見た感じと、あんまり変わってないような。
「ごちそうさまでした」
なんとなく、手を合わせていた。
一人暮らしをしてから、適当な一人の食事に、手を合わせたことが無かったことに、今、気付いた。
なんとなく。
今は、手を合わせたくなった。
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