「今日でやめます」

悠里

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第5話 色んな感覚と記憶

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 そういえば――――。
 昔々。ほんともう、二十年位前か。何人か、一緒に遊んでた友達が、居たような。

 ぼんやり、覚えている。
 あの頃オレは背が高くて、周りは小さい友達ばかりだった。

 それぞれ皆、ばあちゃんちの近くに住んでて、遠い小学校に行くからって、毎日登下校が一緒だった。
 三人……とか? 同じ学年と、いっこ下も居たかな……わりと仲良くて。遊びながら帰ったような。


 青い空を見上げる。


 一人は、すごく小さくてかわいい女の子だった。その子がいっこ下だったような。顔は思い出せないけど。たまちゃんて言ってたかな。ネコの名前みたいで可愛いなーって、それで覚えてる。もう結婚とかしてるかな。というか、田舎を出て行ってるかもな。
 ほかは全然覚えてないな。男だったような。女だっけ……?

 でも不思議なのは、その後いろんな国に行って、そこそこは遊んでいた奴らもいたはずだけど、全然思い出せないのに、ここで遊んでたのは楽しかったなって感覚だけは残ってる。

 この風景とともに、なんか安らぐ感覚。記憶は、ぼんやりとしてるのに。

 ずっと離れていたけれど、ここに来て僅かの間に。
 広い広い青と、大きな木々の緑、川の風景。圧倒的な、爽やかな風みたいなのが、心ンなかを抜けてくみたいな。

 もっと早く、来れば良かったな……。

 ばあちゃんと、料理をしてた記憶は残ってる。
 あれは、あったかい、記憶だ。



 ――――……もうすぐ、死ぬ……か。

 もうすぐって、何だ。どれくらい? いつ? 
 病院は行ってるよな? 昨日家の電話で出たから、家に居るんだよな。
 入院してる訳じゃないってことは、入院するほどじゃないとか……それならまだ大丈夫?

 それとも……治療を諦めて家に帰った、とか……?
 それだと、ものすごく、嫌だな。

 ばあちゃんに、早く会いたいような。
 ……すごく痩せてたりしたら、嫌だな、と思って不安なような。


 ぼー、と考えていると、また若槻さんがオレを振り返った。「なんですか?」と聞くと。


「あの、いつまで、いられそうなんですか?」

 と質問された。


「とりあえず、病状を聞いてから、色々決めようと思ってますけど……ほんとに、よくないなら……ずっと居ますし…………」
「お仕事は長期休暇とかですか?」
「いえ……退職してきたので」

 そう言ったら、池藤さんと若槻さんは、えっと驚いた顔で、振り返ってきた。池藤さんはすぐに前を向いて運転を続行したけれど、若槻さんはそのままオレを見つめている。

「昨日の今日でですか?」
「メールを見て、二分後くらいにはやめますって言ってました」

「お仕事、よかったんですか?」
「まあ……大事なのがどっちかって話で……」

 そう返すと、若槻さんは、顔をくしゃ、とゆるめて、嬉しそうに笑った。
 あんまり、楽しそうに嬉しそうに笑うので、まじまじと見つめてしまったくらい。

「めぐばあちゃん、喜びますね」

 若槻さんは、ふふ、と笑って前を向くと、池藤さんと視線を合わせて笑い合っている。

 赤の他人だけど、こんなことでこんな風に笑うほど、ばあちゃんを大事に思ってくれてるっぽい人達が、ばあちゃんの近くに居てくれて良かったなと、思ってしまった。


 その感情に相反して。

 オレは、側に居なかったなと。
 心が曇る。

 こんな時に、今更帰ってきて――とか、そんなこと、ばあちゃんは思わないかもしれない。
 そんなこと、言わない人だと思うけど……。

 でも――――……。



 昨日の夜に予約して、今の時間に、もうここに居る。
 こんなに、近かったんだ。
 普通の土日で、行き来もできたよな……。


 新幹線に乗るし、遠いし、とか、そんなこと言ってないで。
 もっと、ここに、来ればよかった。
  



 空の青が眩しくて。
 オレは、目を細めた。


 



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