「今日でやめます」

悠里

文字の大きさ
上 下
5 / 38

第4話 時間あるんだなぁ

しおりを挟む

 この、広くて青い、圧倒的な空は、覚えている。


 子供過ぎて、ここで暮らしたのがいつからいつまでとか、細かい時期はいまいち覚えていない。
 
 オレの父さんは外交官で、海外勤務が主だった。母さんも当然のようにそれについていく。
 オレが生まれたのは日本だけれど、幼少期はアメリカやフランスで過ごした。治安のよくない国に行っていた時期に、オレだけばあちゃんの家で暮らしたことがあって、それが多分、小学一年から二年くらい。その時は、この田舎の学校にも通った。なんとなく覚えているけど、そこらへんの記憶ははっきりしない。
 絡んだ人が多すぎたような気はする。近所の人が、じいちゃんとばあちゃんと居るオレを、碧くんと呼んで、可愛がってくれていた気もする。
 思えば、父さん母さんと離れて、ばあちゃんちに一人で居るオレを可哀想とか思ってたのかなあと、なんとなく成長してから思った。

 慌ただしく海外に連れていかれたり、また場所を変えたり。ひとつのところに長くいることはなく、特にそれを寂しいとも思わない奴になった気がする。

 日本に、家族三人で暮らしていた時期もあったが、高校三年からまた二人は海外に。高校生の時に、じいちゃんが亡くなって、それで一度三人で、田舎に帰った。

 
 高三からの海外勤務についていき、大学は海外で受けるようにも言われたけれど、オレは、日本に残った。

 父さんには、一人暮らしをする条件が出された。
 外交官を目指せるような、一流大学に合格すること。

 何がいいんだか、その仕事が誇りらしい。 

 オレはといえば。
 無駄に、語学力だけはついていたけれど、それだけ。

 やりたいことは、別にあった。


 小さい頃からひとつだけ。やりたいなと思っていたのは。
 じいちゃんとばあちゃんと暮らしていた頃に、すごく、それだけははっきりとしている記憶がもとになっていた。

 ばあちゃんとは、たくさん、料理をした。小さかったから、火は使わなかったけど、なんだか色々作った。
 それがすごく、美味しくて、楽しくて。ばあちゃんが作る、家庭料理というものに、憧れがあった。


 一度、父さんに、料理がしたいと伝えた。 
 そしたら、料理なんかいつでもできる、まずは勉強だと。そういう考えの人なのは分かってたけど。


 ――――大体にしてオレは、諦めることが得意だ。

 移動が多くて、親しい友達は出来ない。
 父さんは、自分が、偉いと思っている人だ。
 確かに、周りの人間が父さんに、そういう風に接してる気がする。だから、ますます父さんは、そんな感じだ。

 オレが、何かを求めたり期待したりを、自然と諦められる人間になってるのは。いいことなのか、悪いことなのか。

 ――――結局、良い大学には行ったものの、オレは、適当に就活をして、ウエブデザインなんかをやり始めた。

 あの時は、勘当するとばかり言われたけど。
 正直、もう、自分で働きだしたし、それでもいい、とか言ったっけ。



 ……で、今回。
 やめて、田舎に来ちまったけど。


 あー。
 ……話したくねーな。

 

 のどかな景色を見ながら、あまり振り返ることのなかった、今までの人生なんか、考えてるオレは。
 ……もうすでに、昨日までとは違う。


 毎日、時間と仕事に追われて、過去を振り返るなんてことも、無かったから。



 あーオレ。
 今、時間あるんだなぁ……。


 雲が風に乗ってゆっくりと動いていく様を見てるとか。

 いつぶりだろう。



 そんなことを考えていたら、若槻さんがオレを振り返った。


「めぐばあちゃんからの連絡、驚いた、ですよね?」
「そう、ですね。……って、知ってるんですか?」

 はい、と頷いて、若槻さんが苦笑い。
 
「あれ、送ったの私なんです」
「――――」

「めぐばあちゃんが言ったのを打って、送信しました」

 何度か瞬きをしてしまう。

 あの、文面。
 ばあちゃんがスマホに苦心して短文を打ったというなら、仕方ないと思った。むしろ、切羽詰まった感があって、もう帰ろうって思ったから、それでもありだった。が。

 この人が打ったとなると、話は違うような。
 
「あの……もう少し文面どうにかならなかったですか?」

 思わず言うと、ですよねぇ、と若槻さんが苦笑い。

「でも、めぐばあちゃんが、あれでいいよって言ったんですよ。碧くんがびっくりしちゃいますよって言ったら。びっくりして帰ってきてくれるかも? って、楽しそうに笑ってて」

「――――……」


 ばあちゃん……。
 たしかに、ものすごくびっくりしたおかげで、いきなりの退職なんて、非常識な真似が出来たけど。

 あれが、長々と書いてあって、病状とかも説明されてて、まだ大丈夫ってことなら、あそこまで至急ではできなかったかもしれないけど。

 楽しそうにって。
 ……なんか、ばあちゃんぽい、のどかな笑顔が浮かぶ。


「あ……じゃあ、あれは大げさに打ったもの、とかですか?」

 
 実は死ぬとかじゃ、ないとか? 電話も元気そうだったしな。
 オレは、期待を込めて、そう聞いてみた。


 すると、二人は、ちら、と顔を見合わせて。


「打った内容は……嘘では、ないです」


 声のトーンを落として言う若槻さんに、オレは、ゆっくり頷いた。



「……あとで、本人から聞きます」



 嘘ではない、か。

 ――――……真っ青で綺麗な空を見てると。


 そんな暗い話は、嘘であるような。

 そんな気が、するんだけど。









しおりを挟む
お読みいただき、ありがとうございます♡
楽しんで頂けましたら、ブクマ&感想などよろしくお願いします♡
(好き♡とか短くても嬉しいです♡)

以前ライト文芸大賞で奨励賞を頂いた作品がこちら↓です。
「桜の樹の下で、笑えたら」
よろしければ…♡

感想 16

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

処理中です...