「今日でやめます」

悠里

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第2話 バス本日運休って。

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 ――――その場でやめてきてしまった。
 やめるのも面倒って思ってたのに。でも、後悔はないな。むしろすっきり。

 明日、ばあちゃんちに帰るために、部屋の片づけをしているけれど、改めて見ても物があまりない。寝るだけだったからな。
 家具や家電が備え付けの社員寮なので楽だ。身一つで入れるし安いが、何せボロくて古臭いので、入る人はあまり居ない。両隣も空いてて、若干廃墟もどきだったが、会社の奴と絡みたくないオレには快適だった。
 服とか使えるものをばあちゃん家宛てに送ったら、もう明日向かう。バスがあんまりないし、昼過ぎにはつきたいから、新幹線を予約した。
 あ。明日帰るって、連絡しないと。

 スマホを操作して、ばあちゃんの家の電話番号に発信する。
 しばらく鳴ってるが出ない。二十一時。もう寝たかな……と思った時、通じた音がした。
 
『もしもし』
「あ。……ばあちゃん?」

 そう言うと、「あおくん?」というばあちゃんの声。

「うん。そう」
『ああ、ごめんね、びっくりしたよね』

 そんな風に言って笑うばあちゃんの声は――――久しぶりだけど、相変わらず、柔らかくて、優しい。
 声は元気そう、だけど。

「体は、大丈夫?」
『うん、大丈夫だよ。今日明日にどうにかなるとかそんなんじゃないから。心配させてごめんね』

 ……とりあえず、良かった。しゃべってる感じは、元気そうだ。「末期」の言葉は気になるけど……。

「オレ、明日行くから。話はそっちで聞く」
『え? 会社、休めたの?』
「あーうん。――――そっちで話すよ。長く居れるから」
『そうなの?』

 嬉しそうだ。

 ――――良かった。会社、辞めて。
 そう思った。


「明日十三時くらいには、駅につく。バス乗って行くから待ってて」
『碧くんに会えるの楽しみ。美味しいもの、作って待ってるから』
「無理しないで。行ったら手伝うよ」
『はいはい。――――昔みたいだね』

 ふふ、と、また嬉しそうに笑うばあちゃん。
 じゃあ明日ね、と言って電話を切った。
 声を聞いたら、少し安心した。とりあえず、明日早く行こう。

 リビングと風呂場とトイレ、いらないものは捨てて、使えるものは段ボールに。
 キッチンに行き、わずかな食器や箸はもうゴミにした。分別しておけば捨てておいてくれるらしい。

 
 三年も居た割に、愛着ねーな、この部屋も、会社も、人も。
 三年。何して生きてたんだろう。

 辛うじて、客と相談してできた、ホームページが、生きてた証、みたいな感じかな。
 ……まあそれも、リニューアルされたら、消えるけど。


 そんなもんかな。
 生きてる、なんて。
 どうせ、全て、死んだら消えるんだし。

 何かを残そうっていうのが、無理だよな。 


 そんなことをぼんやりと考えながら、オレは流しの下の扉を開けた。
 奥から出てきたのは、包丁のセット。箱に入ったままだ。

 ……料理。
 ここでは、全くしなかったな。

 ばあちゃんちには包丁もあるだろうし。
 必要ないだろうけど。


 ――――……ほんの少し、迷って。
 オレは、それを、送る段ボールの中にそっとしまった。




 翌朝。
 荷物を出してから、管理人に来てもらい、ごみにするものを頼んで、社員寮を後にした。

 もうここには帰らない。
 なのに、何の感慨も無いとか。笑える。

 ――――歩きながら、スマホを操作。
 父さんの電話番号を出して、数秒。画面を落として、ポケットに入れた。


 本当なら今日も、あの職場に行って、パソコンに向かっていたはず。

 新幹線から見える風景は、だんだんのどかなものに。
 たくさん見えていたビルがなくなり、川や畑が見えてきて、高い建物が少なくなっていく。
 


 ――――……いいな。
 この景色。



 ぼんやりと、窓の外を見たまま、過ごした。
 今までなら、電車に乗ったら、何の用も無くても、スマホを見てたのに。
 スマホを出す気もしなかった。



 終点で降りて、駅の外に出る。電車に乗って、ばあちゃんちの近くへ。
 その電車も、途中までしか行かない。あとはバスだ。


 前に来た時は、両親と一緒であまり考えずにただついて行った。バス停、どこだっけな。
 駅は無人。切符の回収箱が置いてある。



「――――……」


 どこだろ。
 ……さびれてんなぁ。


 そう思った時、一緒に電車を降りた人と目があった。

 年は、同じくらいかな。
 あんまり田舎の人っぽくないから、オレと同じく旅行者だと、聞いても分かんねえかもだけど……。

 そう思いながら、少しだけお辞儀をすると、相手も同じように頭を下げたので、とりあえず聞いてみることにした。
 
「あの、すみません、バス停がどこか分かりますか?」
「あ、バス停なら、あの大きな木の側ですよ」

 そう言われて見ると、少し離れた先の木の近くに、なんとなくバス停みたいなものが見えるような……。

「ありがとうございます」
「いえ」

 礼を言って離れる。
 少し歩いて振り返ると、その人は見えなくなっていた。

 ……にしても。人、いねえな。
 しかもここからもっと田舎に行くしな……。苦笑しながら、バス停に近づくと。

 変な紙が貼ってある。


『本日、運航休止』


「……は??」

 何だそれ。そんなことあんの? 何で?
 タクシーとかも居ないし。バス無くて、行けんのか……?

 ……はー。ため息をつきつつ、とりあえずばあちゃんに電話をかけようとした時だった。


 近づいてきた車が止まって、その窓が開いた。
 男が運転、助手席に女。



真田 碧さなだ あおさん?」



 助手席の女が、オレを見ながら、笑顔で。
 なぜか、オレの名を呼んだ。 




 ――――……誰。





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